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【怖い話】120R/HN:ゼロサム

120R/HN:ゼロサム


霧がやけに濃い…
車で仕事場へ向かう途中、俺は渋滞にはまり、
死亡事故でもあったか…根元に花が生けられている電柱の真横で停まった。
いつもは遅刻ギリギリで、この前をすっ飛ばして行くから気付きもしなかった。
花の萎れ具合から見てそれほど、生けられて日は経っていないようだ。

駅前からつづく坂…上り終える手前で右へ折れる120R…
その僅か先、左からの道と交わるT字路がある。
混み具合から見て、そこが原因とは思えない…
更に数百メートル先にある片側3車線の国道で何かあった…と、考えるのが妥当か。
道を変えるにしてもT字路まで出ないとなんともならん…
頑として動かない車列…サイドは引かず、フットブレーキを踏みつけて待つことにする。

こんな市街地の中心にまで…
北関東の一地方都市と言えども、駅前通りまで濃い霧が覆うなんて珍しい事だ。
生まれも育ちもずっと地元な俺でも、こんなことは今までの記憶にない。
視界は十メートル程度…ナビシート越し…
道路脇に立ち並ぶシャッターの閉じた店先も退色している…
水墨画というより、和紙そのものの白さだな。

煙る視界の中に人影が立った。
後姿…黒の短髪を立て、でかいフードが付いた黒いダウンのコートを着た男。
件の電柱、生けられた花の前。
疲れたように落ちた肩。
あの後姿、突然…現れたように思えたのだが…事故の関係者か。

コーナー途中にある電柱…ここは昔から死亡事故が多い。
今の若い奴は知っているかどうか…
人食い電柱…
昔から、ここで多くの街乗り…暴走族が命を散らしている。

今では四輪など転がしてはいるが、
俺も高校の時分は中古で買ったVFR400Rを大事に乗っていた。
NC30ではなくNC24。
それを駆って休日は山へ出掛けては
九十九に折れるコーナーで膝を削りながらガンガン攻めまくっていた。


反対に、活動時間は深夜帯、寝静まった街中を爆音鳴らして疾駆する街乗りの連中…
暴走族…そいつらの間で流行っていた度胸試し…
いや、そんな甘いもんじゃないな…
狂気に駆られたバイク二台で競い合うレースがあった。

『ガンラン』もしかすると『ランガン』だったか…

銃口から撃ち出された弾丸のようにゴールを目指し、ノンストップで突っ走るだけの遊び。
この坂を上りきり、T字路を直進して1kmほど行ったところに女子高がある。
その校門前押しボタン式信号の横断歩道をスタートラインに見立て、
駅前ロータリー内にある横断歩道をゴールとする。
途中にある片側3車線の国道から…数箇所ある交差点の信号を
全て『青』であると想定し…同ベクトルでスピードを競い争われるチキンレース。

そのクライマックスが坂上の交差点とこの下り120Rだ。

コーナー手前の交差点が青ならいいが、
赤なら横合いから車が顔を出す可能性は深夜だろうとゼロではない。
対向車だってもちろん来る。
それでもハイスピードで120Rを抜けるなら、
度胸一発、事故るのを覚悟で一度、対向車線…アウト側へ車体を振り出し
そこからインへ絞りに行かねば、とても曲がれたものではない。
死線を越えた先に存在するライン…
魂が凍りつくギリギリのブレーキング、
深く切り込み弧を描く、息を飲むほど美しいコーナーリング、
余韻を残す優雅な立ち上がり、
ロケットのような加速をみせ、小気味良くコーナーを脱出していく…
最高のパフォーマンスをギャラリーに魅せつけてこそ、
走り屋の醍醐味だ。

掘り返される記憶…
俺は一度だけ、若気の至りで…
俺はそのレースをやった。

深夜…ヘッドライトが灯す前方…色が付いた僅かな世界…
ハイスピード故…更に狭まる視界…
寒さと命をベッドにした重みで左手が…クラッチの繋ぎが甘くなる。
凍えた右手がスロットルを絞ることを拒否したように動かない。
なのに全身の細胞は狂喜している。魂が加速せよと命じてくる。
脳内麻薬が意識を冒して恐怖心を奪い、
集中力が凍てついた下界を遮断する。
瞬間、車体がロケットにでもなったかのように加速しだした。
スタートダッシュでの遅れを取り戻す。
横並びで飛び込む片側三車線…信号は青…僥倖!
人車一体となって直線を駆け抜ける。
前方で輝く赤信号への恐怖心が嘘のように退いていく。
対向車はない。歩道を走る新聞配達のバイク…
僅かに途切れた集中力…
五本目の交差点を渡りきる寸前、
横道から猛スピードで出てきた車にケツを引っ掛けられ…暴れる車体…
視界が急速で横へ流れていく。
衝撃、ガードレールの袖で膝を砕かれた。
だが、転倒だけは免れる。
暴れる相棒を押さえ込みにかかった。

奇跡のような操作…神域へ到達したバランス感覚…
氷の粒が撒かれたように輝く路上…立て直した。
バイクは動く、俺も大丈夫だ。
まだ、走れる。
離されたあいつのテールランプを無我夢中で追いかける。
最後の120R…コンマ数秒遅れで飛び込む…
外へ振ったが殺されている俺のライン…
絶対的優位に立つあいつとのラインが交錯…行くな!
妖霊星(よれぼし)の如き、赤いテールランプが眼前を横滑りしていく。
生きて踏んだゴールライン。

駅のトイレで便器と相撲を取りゲェゲェ吐いた。
吐く物もなくなり胃液を搾り出す
現実に立ち戻り…自分が如何に馬鹿な事をしたか…
何を代償に何を得ようとしていたのか…
手足の力が抜けて身動きすら侭ならぬ…
割れ鐘を叩くような頭痛が幾度も襲う…
そこに達成感はなく地獄があった。
俺の相手は…あの絶対的優位に立っていたあいつは…
最後の最後で…バランスを崩し…バイクと共に…
あの電柱へ磔となって死んだ。

そうだ…あの電柱…墓標(grave marker)とも呼ばれていた。
コーナーを曲がりきれなかった奴が行き着く場所…
骨砕き…肉挽き器…
仏壇、祭壇、卒塔婆…

目立ちたかった。
ただ、それだけだった。
あいつらが高校前をスタート地点に選んだのは…女子校生の注目を惹きたかったから…
伝説だとか事実を過大に飾り、ただ…ナンパの手管に加えたかったから…
族なんかよりも俺達の方が格好良い…
族なんかより俺達の方が圧倒的に速い…
街乗りの外見だけで粋がってる奴等との違いを見せつけてやると…
お前らとはスピードレンジが違う…
ガードレールの外は切立った崖…安全マージンのないギリギリの場所で磨いた技術…
ブラインドのコーナーへ飛び込める度胸と覚悟…
コースを理解し、攻略法を見つける洞察力…
全て俺等が勝っている…
口だけで何も出来ない奴等の正体を暴き出してやる。
見てろよ…

そして、レースが始まった。
族と峠の走り屋による一発勝負の対抗戦…
時間も場所も全てあちらの条件を飲んで…
結果は族の完敗…
俺は生き残って…あいつは死んだ。
ギャラリーがそれを煽った。
族の面子は完全に潰され…熱くなった奴等は再戦を望み…
ギャラリーは熱狂した。

以来、俺は街を流すことはやめた。
直したバイクと共に山へ戻った。
族の間で始まったレースは走り屋との対抗戦へ移行し、
このレースを因とした大事故が幾度も起きた。
関係の無い一般からも死傷者が出た。
規制が入り、監視が強くなっても隠れてレースは続けられた。
路面に速度抑制を図る処理がなされるまで…
この電柱は幾人もの命を奪ってきた。

渋滞はまだ続いている。
思い出に浸っていたから気が付かなかった。
電柱の前に立つ人間が五人に増えている。
全員が電柱を見ていた。
上半身裸で…腹にさらしを巻いている古風な奴もいる。
デッキブラシみたいに金色の髪を立てているのもいる。
純白の特攻服…大昔の族が好んで着ていた纏姿の奴もいる。
おかしい…まだまだ…数が増えていく。
目の前で…たなびく霧が人の形を取っていくみたいに…

花の生けられた電柱…
地面から1メートル50センチの位置…
そこには13人の名前が刻まれている。
正しくは黒の油性ペンでだが…
あのレースで生きてゴールラインを駆け抜けた人間の名前…
電柱は折れて何度か付け替えられているが…その度に、何者かの手によって書き込まれた。
何度消されても、次の日には元通りとなっている。
松葉杖をつき…電柱に俺の名を見つけたあの日…
名前しか知らない…死んだ相手へ捧げた花束…愛飲していた煙草の銘柄…
背に族の名がプリントされたB-3のフライトジャケット…
ファイアパターンのCBX400F…

ああ、そうか…
彼等は…俺に背を向けて立つ男達は…全員…
ここで散った名も残らぬ…
あの電柱は勝者の物ではなかったのか…
プライドが高くて命知らず
刹那的に生きて
刹那の中で輝いて死んだ
族達の黙示録…


前の車が動き出した。
霧も薄れていっているみたいだ。
俺は彼等を見ず走り出す。
思い出した。
レース直前…気つけに…二人で飲んだバーボンの味…
ジャックダニエルのシングルバレル…
生死を賭けた一戦が始まるというのに…
ショットグラスの中味を一息で煽り…美味いと無邪気な笑顔をしてみせた。
フライトジャケットを着込んだ後姿…
男伊達…
乾したグラスを凍えたアスファルトへ叩きつけ、割り砕く。

何故、今まで忘れていた。
安穏な生活に埋もれ…あの天国のような地獄のような時間を…
何事にも変え難い…光輝いた時間を…
今更…彼の死を悼むなど、
俺に許されることじゃない。
資格がない。

会社へ着いた俺はトイレへ直行して個室へ篭り
少し泣いた。



おわり


2015年01月01日(木) 22:04
ゼロサム ◆2QPJRcoE
※天通の投稿広場より掲載
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コメント

[5580]
湘南純愛組でやってたラストシグナルみたいなレースだな。
[5526]
起こったこと自体は面白かったけどね
ラノベまがいの、自分に酔ったような文章はちょっと引くわ
[5523]  
怖いもの知らずの方々だなあ
ご冥福をお祈りします

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