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コメント

[5957]
インディペンデンスデーの大統領演説がw
[5956] こんにちは♪
[5954]様
ありがとうございます♪放置…更新を止められてしまうのですか
悲しいですね。
私はこちらの文字フォントやレイアウトが綺麗で大好きだったのですが(T_T)
ではでは
[5955] 盆の湯の滝
十年以上も昔の話となる。
会社の先輩であるAさんと中学以来の友人Bと俺の三人で盆休みを使って
北海道旅行へと出かけた。
車一台、バイク一台…むさ苦しい野郎だけでの貧乏旅行…
それでも、素晴らしいものになるだろうと
胸をはずませてた訳だったのだが…
上陸以来、立て続けに起こる怪異に戦慄した俺達は
畏怖の意味を込めて『北海道』を『北怪道』と呼ぶようになっていた。




屈斜路湖で(●モと間違われる)恐怖の一夜を過した俺達は、
国道391号線を使って北上し、再びオホーツク海へ出た。
海岸沿いを国道334号線で今夜の宿営地のある知床半島へ向かい、
途中でひどい渋滞に遭ったが、昼をわずかにまわった頃にウトロへ到着する。
本日の目的地は羅臼町のキャンプ場だが、
メインイベントはそこから知床半島中央部へ車で行けるところまで行き、
あとは徒歩で川の中を遡上した先にある…秘湯中の秘湯『カムイワッカ湯の滝』だ。

『カムイワッカ湯の滝』は、知床半島のほぼ中央にある活火山の硫黄山を源流とする
カムイワッカ川に温泉が流入して、連続する滝のそれぞれにある滝壺が野趣溢れる
天然の露天風呂となっている。
カムイワッカはアイヌ語でカムイは神またはその類似存在、ワッカは水の意であり、
『神の水』もしくは『魔の水』とも訳されている。
『魔の水』というのは、この川の温泉成分は強酸性で、強い硫黄成分を含むため、
生物が生息できないことからきている。
この川中の野天風呂へ向かうには、全域がヒグマの生息地である知床の山中を突き進み、
さらに川の中を遡上して、上級者向けの難度が高い岩場を踏破しなければならない。

知床八景のひとつとして以前から『カムイワッカ湯の滝』は知られていたが、
ユネスコの世界遺産に登録されて後、訪れる観光客が急増した。
それまでは滝壺にも自由に入浴できたのだが、落石の危険性があることから、
厳しい立入規制が行われるようになる。
2005年には転落や落石の危険が更に増したため、適温の滝のうち一番下の
通称『四ノ滝』の滝壺以外は立ち入りと入浴が禁止になり、
シーズン中は監視員が常時見張るようになった。
翌2006年には『四ノ滝』の滝壺に大きな岩の落石があり、
危険がより高まったため、車道から100メートルほどで最初に現れる小滝…
通称『一ノ滝』より上流への立入が禁止された。
この滝壷の湯温は30度ほどとかなりぬるいため、入浴には適さない状態にある。
2012年時点以降、滝へ通じる道道は6月-10月下旬のみ
大型車を除いて通行可とされ、そのうち8月と9月の当該期間中は、
斜里バスのシャトルバスによるアクセスのみが通行可能となっている。
現在、ネットで検索してみると、こんな記事でカムイワッカ湯の滝が紹介されていた。

俺達が行ったのは規制がされていない頃の事である。

知床半島は国定公園に指定され、車の乗り入れが制限されているので、
行けるところまで車を使い、道端へ車を停めて、あとは徒歩となる。
車の陰でトランクスタイプの水着、その上に肌の露出を抑えた服に着替え、
水やファーストエイドキット、靴下二足等、必要な物をナップザックへ詰め込み準備完了。
もちろん熊除けの鈴も忘れずに持っていく。
林道へ入ってまずは、登り口を目指す。
そこからはナメ滝と呼ばれる温かい水が流れる滑りやすい斜面を進むことになる。
川辺で靴を脱ぎ、持参したバスケ用のロングソックス二枚重ねに履き替え、
活火山である硫黄山を源流とするカムイワッカ川の中を遡上していく。
岩がごろごろ転がって足場の悪い川岸よりも川に入ってしまった方が逆に歩きやすい。
左右から張り出した枝葉が重なり合って日光を遮り、
薄暗く気温も体感で二度くらい低くなっている。
生温い水を蹴立ててしばらく行くと、『一の滝』が見えてきた。
水着で戯れる人達へ軽く手を上げて挨拶し、俺達はさらに先へ進む。
温かった川の水がだんだん熱い湯へと変わっていく。
滝壺を迂回し急な岩場…ほとんど崖と呼べる急な斜面を必死でよじ昇る。
梯子も何も無い。
手摺り代わりの鎖やロープがあったが、
遡上の途中で見たものは強酸性の河水の所為で腐食してボロボロになっていた。
無闇に身をゆだねることは出来ない…落ちれば怪我じゃすまない高さを登るのだからな。
足の裏がふやけてぶよぶよだ。
飛沫となって口へ入る川の水はかなり酸っぱい…
いつの間にか、俺達以外に川を上る人の姿は消えていた。
周囲はさらに鬱蒼として、気温もまた…だいぶ下がったようだ。
Aさんに肩を叩かれ、指差す方を見てみると、切立った崖の間…
逆三角形に切り取られた狭い青空の下に海が見えた。
オホーツク海…鯨もやってくる知床の海…
耳に入るのはせせらぎと鳥の声…歩き疲れて荒くなった俺達の息遣い…
ナップザックに付けた熊除けの鈴の音…
人の手が入らぬ原始的な自然景観を残す秘境…野鳥、キタキツネ、エゾシカ…
ここはアイヌの…カムイが統べる世界…人も自然を受け入れねば棲めぬ生物達の楽園…
唯一の例外が、このカムイワッカ川か…
生命を拒絶する毒の川…
俺達は黙々と汗と河水にずぶ濡れとなりながら、ひたすら進む。
気温は十度くらいしかないのではないだろうか…
熱いカムイワッカ川の湯温がそれを緩和してくれている。
あと少しで目的地だ。
手で額の汗をぬぐい、足を止めて背を反らせて伸びをすると
自分のつく荒い息に混じって、声が聞こえてきた。
疲れからくる幻聴…いや、違う。
この場に不似合いな女の…複数の若い女性があげるはしゃぎ声…
思わず俺は隣にいたAさんと顔を見合わせる。
この先、残る滝は二つ…日本最北にある秘境の中の秘湯…
あの崖とも呼べる岩場を登って、
ここまでやってくる若い女性がいるものだろうか…
いないとは言い切れないが…
疑ってしまう…あれは…連日、俺達を悩ませている…

怪異…なのか?

立ち止まった足が…そこから先へ進めなくなってしまった。
俺達が向かう先から聞こえてくる、楽しそうにはしゃぐ…女達の声…
激しく叩かれる水音…はやく来いと誘っているみたいだ…

「やだやだっ!水着の上がなくなってる!? (;゚⊿゚)ノ」

「大変!∑(゚□゚;)」

誘われてる…絶対に罠だ。
この世に水着の上をナイスなタイミングで流されるような女がいるはず無い。
俺達を誘い込もうとする策略…怪異の張った悪辣な罠だ…
どうする…戻るか…
北海道へ来て連日の怪異に俺達は悩まされてきたのだから…
罠とわかって、敢えて怪異と相見えるなど…

「そこ、流れていっちゃうよ!(≧□≦;)」

「慣れないビキニなんて着るから…(゚ω゚=)」

流された水着の上…現在、手ブラ状態だというのか!?
いかん、騙されるな!
クソ!孔明め…なんて卑劣で狡猾な罠を…その手に乗るものか…
純情な男心を弄びおって…許さん!

「私の水着も!?c(>ω<)ゞ」

トップレス…トップレスが二人…こ、これは…アイヌに伝わる…あの伝説…まさか…

「メ、メノココタンがカムイワッカ川の上流に顕現したとでも言うのか!?」

「日本版…アマゾネス神話…」

「Aさん、日本本土にも女護島の伝説ありますから…
 井原西鶴の『好色一代男』の主人公『世之介』が最終的に向かう土地として登場してるし…」

「そう言えば、玄奘三蔵の『大唐西域記』にも羅刹女が住む国の話があったな…」

「女だけが住む土地の伝説は世界各地にありますよ」

アイヌ神話に登場する女性だけが住み暮らす島『メノココタン』…
春から秋にかけて彼女達の陰部に歯が生え、冬には抜け落ちる。
島へやってきた男達が知らずに女性への侵入を試みると、鋭い歯で噛み千切っていたそうだ。
南方熊楠は、江戸時代末期の蝦夷地探検家『最上徳内』がその島へ渡った折、
伝説通りか刀の鞘で確かめたところ、歯型が付くほどの咬力があったという話を残している。

「ねぇねぇ、せっかくビーチボール持ってきたのだから、トス回しやらない?(*^-゚)v」

「うん!やろやろ!!o(≧∇≦o)(o≧∇≦)o」

「今、空気入れるから♪ヾ( ~▽~)ツ」

まただ…また、風に乗って…前方から艶かしい女の声が…
俺の脳裏に素晴らしい動画が映し出される…
妙齢の美しい女性達が…はち切れんばかりのボディに布地が極端に少ない水着をまとい、
無邪気にビーチボールと戯れる…遊ぶ…走る、跳ぶ…絡み合う…
千変万化に繰り出される悩殺のセクシーポーズ…寄せる、揺らす、挟む…
色々なものがピチピチで…ゆさゆさで…プルプルで…ポロリもある…

「おはよう諸君。
 今から一時間後、諸君等は世界各国のパイロットと共に人類史上最大の
 作戦を開始することとなる。
 今、人類と言ったが、この言葉は本日より、新たな意味を持つことになる。
 民族人種などの些細な垣根を乗り越え、我々はひとつの目的の為に結ばれる。
 本日は奇しくも7月4日…これも何かの運命だ。
 諸君等は再び、自由のために戦いへ身を投じる。
 圧政や弾圧から逃れる為ではなく、生存を賭けての戦いだ。
 人類が地球に生存する権利を守る為にだ。
 勝利を手にしたなら、7月4日は単にアメリカの祝日であるだけでなく
 人類が断固たる決意を示した日として記憶されるだろう!」

俺はメノココタンにまつわる昔話を以前、読んだことがあるのだ。
アイヌの英雄がどうやってメノココタンの女性を攻略し、
如何にハーレムエンドを迎えたかを…

「我々は戦わずして滅びを受け入れたりはしない!
 我々は生き残る!存在し続けてみせると!
 戦いに勝利した我々は今日を祝うのだ!
 真の独立記念日を!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』×2

『メノココタン!メノココタン!メノココタン!メノココタン!!』×3

それで、つまり…そういうことになった。














「全部、聞こえているんですけど…」

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」


二段になった滝から激しく湯が流れ落ちる…
その手前でビーチボールが宙を…放物線を描いて…いなかった。
岩場を登りきり…ついに上から二番目の滝壺を視界内へ捉えた俺達…
そこには、肩まで湯に浸かり…肌を隠して
不信、軽蔑、嫌悪…が混じり合った眼差しで三人の闖入者を見つめる四人の少女がいた。

「誰がメノココタンの住人ですか?」

表情は強張っているが、美…たしかに美だな…全員が十代半ばの…美少女だ。
なんだ、子供(ガキ)かよ…俺達の極限まで高まったリビドー返せ…くそ、期待して損した。
馬鹿みたいな高揚感は消え、風呂に入りたいという欲求だけの枯れた賢者タイムに入る。

女性の声がこんな山の中で聞こえるなんて物怪の類かと思ってと詫びを入れ、
連日…変なことばかり俺達の周りで起きているんでと溜息を吐くと、
私達の所有物ではないのでご自由に入ってくださいと冷たく言われた。
さっそく汗と河水で濡れた服を脱ぎ、トランクスタイプの水着となって湯に足を入れる。

「怖い目に遭っている割りにそれはもう大興奮でこっちへ向かってきてましたね」

まぁ、メノココタン連呼して岩場を登ってくれば…当然、引くわな…
下種の変態野郎に思われても仕方無し。
お嬢さん達の邪魔にならない様、俺達は三人並んで…文字通り肩身を狭くして湯に浸かる。
予想に反して硫黄の匂いも、強酸性の沁みるような酸っぱい匂いもない…
まるで単純泉みたいだ。
別の源泉がどこかにあるのだろうか…湯温は42、3度くらいか…少し熱い。
筋肉の張りばかりか、疲れも引いていく。
手で湯を掬い、顔を洗う。
人心地つくと、彼女達の方から話しかけてきた。

「内地の方ですか?」

「ええ、埼玉から来‥ま…した…」

埼玉が東京の上にあったお陰で、そこから会話が弾んだ。
彼女達は東京の話を聞きたがっていたので、知っている限りのことを教えてやる。
四人は日高町に住む中学三年生で、バレー部に所属していて、
最後の夏休みだから、親友と思い出を作りたくて道東へ旅行にやって来たのだそうだ。
子供だけで来たのかと訊ねると、もちろん親達が同行してくれていると…
大人達はその上にある滝を見に行ったらしい。
打ち解けてくると、彼女達は湯から上がって岩場で休んだり、
ふざけてビーチボールをぶつけ合ったり、照れながらも棒っ切れに布巻きつけみたいな
若い肢体を俺達に披露してくれた。
若いな、と湯に浸かってあいつらが遊んでいるのを見るとも無しに見ていると、
記念に残したいので撮ってくださいとか言われて使い捨てカメラを渡された。
というか、押しつけられた。
カメラを構えてげんなりしている俺の前で、
四人は大はしゃぎで…寄せて掻き集めて谷間を作ってみせたり…いろんなポーズを取って…
これがあと三年…三年後のあいつらだったら喜んでシャッター切ったのだがな…
ひとりが俺のナップザックからライカが顔出しているのを目聡く見つけて、
それでも撮らされた。
俺達も彼女等の記念にとかで被写体にさせられた。
彼女達はお互いの事をバイカラ、サク、チュク、マタと呼び合っていた。
アイヌ語でバイカラは春、サクは夏、チュクは秋、マタは冬という意味だ…
あだなとか愛称なのかと訊くと、コードネームです!と返された。
そのくせ、俺達の名前を尋ねてくるから1号(Aさん)、2号(B)、V3(俺)と答えてやると、
なにそれ変!とか大笑いされた。
それで遠慮がなくなり、近所の気心が知れたガキとおっさんみたいな感じになってな…
ビーチボールでぶつけられた奴が鬼になるとかのボール鬼というのを全員でやった。
木の枝にひっかかったビーチボールを取るのに肩車をさせられたり、
AさんとBは彼女等を背に乗せ飛び込み台代わりをやらされたりもした。
あいつらの足を掴んでジャイアントスイング風に滝壺へぶん投げたり、
ツープラトンのブレーンバスター決めたり、
俺等も大人なのを忘れて本気で、彼女等との遊びに興じた。
それで、散々に遊び疲れた四人は岩場にバスタオルを敷いて、
寝転がって休んでいるのだが…こいつらの親がなかなか…戻ってこない。
何か起きたのかも知れん。
最悪、こいつらを麓まで連れて帰らないといけなくなるな…それから警察か…
仰向けで並んで寝ている四人に目を向ける。
違和感…
彼女等の纏う水着…青、赤、白、黒…偶然なのか、
コードネームの…アイヌ語での四季と水着の色が陰陽五行に照応している。
怪異は自然界の掟を超越しつつも、理に従う…
サク…黒髪をポニーテールに赤いビキニで身長が四人の中で一番高い…
マタ…肩で切りそろえた黒髪に、黒いビキニ…四人の中で一番、発育が良い…
バイカラとチュクは顔つきが違うが、体形は似たり寄ったり…
古代アイヌは夏と冬をそれぞれ独立した一年と捉えていて、
一年の中の季節とは考えていなかった。
夏年と冬年が交互にやってくると考えていた。
彼等の古い神謡に出てくる季節名は夏と冬ばかりで…春と秋が出てくることはない。
北海道の春と秋は短いからな…
もし、彼女等がそうだとしても…俺達を害するような存在ではない…
そう思うが…俺は僅かな警戒感を抱いた。

「そろそろ帰ろうか?」

日がはっきりと傾きが分かるようになった頃、サクが身体を起こしてそう言った。
バイカルとチュクが続き…
マタはマイペースだな…まだ、バスタオルの上でゴロゴロしている。

「親御さん達がまだ、戻ってこないみたいだが?」

「ん?大丈夫ですよ。今、迎えが来たから」

サクが人差し指を立てた手を天へ向けた。
白い脇の下が露わとなり…俺は思わずドキッとなる。
彼女の手に従い、空を見上げると樹木の額縁に囲まれた狭い空に…
灰褐色をした一羽の鳥が飛んでいるのが分かった。
ずんぐりとした体型…広げた翼…独特の…羽の内側に黒褐色で入れられた縞模様…
昼間に大空を飛ぶ姿が見られるとは…

「コタン・コロ・カムイ…」

シマフクロウ(島梟)…和名のシマは隔絶された土地…北海道に棲むことに由来する。
全長60~70センチ、翼開長175~190センチ、体重30~40キロ。
頭部には耳介状の羽角があり、尾羽は短い。
食性は動物食…主に魚類だが、両生類、甲殻類、鳥類、哺乳類なども食べる。
開発により生息地が破壊され、生息数は激減し、天然記念物、野生動植物種に指定される。
アイヌ語ではコタン・コロ・カムイと、集落を護る神と言う意味で呼ばれている。
北海道民でも、野生のシマフクロウを見るのは困難…

「では、私達は山を下りますね。また、お会いしましょう」

「またね♪」

彼女達の声が…周囲の樹木に響き渡りながら降ってくる。
地上を睥睨しながら悠然と飛ぶシマフクロウから野天風呂へと目を戻すと…
日高から来たという女子中学生四人の姿が消えていた。
バスタオルやビーチボールも無くなっている。
周囲を見渡して、去っていく後姿を捜すが…どこにもない。
岩場からカムイワッカ川の下流を見ても…
麓のウトロへ戻るなら川を下る以外に道はない…
AさんもBも呆然としている。
四人が俺達の眼前から忽然と消えた…

「マゴロクはあなたが預かっていてください」

立ち尽くす俺のすぐ傍で、サクと呼ばれていた少女の声がする。
姿は見えない…
ただ、声だけが聞こえた。

「お前等も気をつけて帰れよ」

と、強がって見えない声に返してやると、笑っているのだろう…耳元の空気が震えた。
一番上の滝へ向うのを諦め、俺達は荷物をまとめ下山することにする。
かなりのペースで川を下ったのだが途中で、
彼女達の姿を見つけることはできなかった。
怪異…これもたぶん、そのひとつなのだろう…
季節を司るアイヌの女神…
彼女達はそういう存在だったのかも知れない。
ここはカムイワッカ…神の水を湛える湯の滝だからな…












腹が減ったので羅臼へ向かう途中で入ったウトロの飯屋…
いくら丼とウニ丼に舌鼓を打つ、あの四人と再会した。

「な、なんでお前達がここにいる!?」

「お腹が空いたからに決まっているじゃないですか」

そういう意味で訊いたわけじゃないのだが…


(了)
[5954] どうやら
こっちのサイトは完全に放置ケテーイ




の、ようですな
[5948] おひさしぶりでーす♪
こんばんは♪
連休がおわっちゃいましたね。
暑い日が続いてちょっと体調管理が大変です。
空いてる時間にいろいろと駅物語の修正入れてましたけど…
管理人さんの更新作業完全に止まっちゃいましたね(つ_T)
しばらくお休みするのでしょうか?
仕事がお忙しいのでしょうか?それとも体調?御自愛くださいね。

私、投稿はこのままさせていただいていいのでしょうか?
今、書いてるお話がなかなか煮詰まってこないので~まだちょっと先になるのですが…
犬の話とおにぎりの話と北海道の続きとなかなか進まなくて…
またお邪魔させていただきまーす♪
では~♪
[5943] 駅物語ーエキモノガタリー
「クソ!間に合わなかったか…」

遠ざかっていく列車の後姿を見送り、ため息を吐く。
最終電車が来るまで20分か…
金曜の夜…
列車を下りた客たちは足早に連絡通路へ向う階段を上っていってしまった。
幾人かいたはずの駅員も、姿はすでにない。
春まだ遠く、北風が吹きすさぶ極寒のホームへ一人取り残された俺…
暖房の効いた待合所へ戻る気力もなく、
自動販売機で微糖の缶コーヒーを買ってベンチへ腰を下ろす。
連日の激務で精根尽き果てる寸前だ。
社運が懸かっているからと言っても働かせ過ぎだろう上司と会社…
今月も残業が100時間を軽く突破したぞ…
人を減らして給料減らして、責任とノルマだけは割り増しにしやがる。
今夜こそ、午前0時を迎える前には帰れると思ったんだがな…

鉄道会社も不景気なのか、そろそろ看板だから…なのか、構内がやけに暗い。
蛍光灯がチリチリと音を立てて明滅を繰り返し…ホームの端から先は濃い闇で満たされている。
両掌の中にあるスチール缶は、外気に熱を奪われ、どんどん冷めていく。
明日は久しぶりに休日出勤もなく、自宅でのんびり昼まで寝てやろうと会社を出たのだがな…
駅前のビジネスホテルかカプセルホテルにでも泊まることにして、
酒飲んで、ラーメン食って、サウナ入って
朝までぐっすり眠って帰るプランもあった…

「その方が良かったかもな。」

温くなりかけているコーヒーを一気に飲み乾し、
月の無い空を仰いだ。







「お兄ちゃん?」

声をかけられるまで寝ていたのか、呆けていたか…
気が付けば目の前に女性が二人。
一人はユズキ、俺の妹で、その背へ隠れるようにして立つのは
彼女の高校時代からの友人で…黒髪ロングに眼鏡が似合う理知的な美人。
グレイッシュピンクのトレンチコートに身を包んだ…
厚着していても分かるぐらいでかい…アレ…あ…

「雪輪屋さん、久しぶり…」

特徴ある部位で彼女を記憶していたから、名前を思い出すのに時間がかかってしまった。
こんな遅い時刻に二人でどうしたんだと訊ねると…
会社帰りに待ち合わせをして友達数人と飲んでいたそうだ。

「サーちゃんは今夜、私のお部屋にお泊りするんだ♪
 一緒にお風呂に入って、一緒のお布団で寝るんだよ♪」

「高校の時から、本当に仲良いんだな。
 お前が今度、引越したアパートは●●沿線だっけな…隣のホームか」

「そうそう♪それでね、
 サーちゃんが反対側のホームから、眼鏡かけても0.7の中型免許ギリギリの視力で、
 視覚障害者誘導用ブロックから先へ行きたそうな雰囲気を醸した、
 お兄ちゃんそっくりな男性がベンチに座っているのを見つけて、
 本人だったら賠償金の支払い大変だからどうしようって、心配になって来てみたんだ」

「それはわざわざ申し訳なかったな。
 でも、大丈夫だ。
 お兄ちゃん、列車に飛び込まなくちゃならん程は追い込まれていないから」

「いや、お兄ちゃんは一度、とことんまで追い込まれてみることをお薦めするよ!
 それで四門を開いたり、スーパーサイヤ人になったり、1000-7の答えを言わせたり、
 そんな、新たなお兄ちゃんに生まれ変わるべきだと私は思うよ♪」

妹うぜぇ…残念な方向へ出来上がってるユズキと対照的に、
微塵の酔いも感じさせない白い肌の雪輪屋さんが、黒い瞳で心配そうに俺を見つめている。

「疲れているだけだから」

「過度の疲労は大変危険です。慢性疲労症候群等、精神疾患となる恐れがあります。
 精神面では集中力や思考力の低下、記憶力低下、活力低下、気力の易疲労性、
 意欲や意志の減弱、興味喪失、また身体面の症状としては困難感、弱々しさ、筋力低下、
 アレルギー発症、喚語に滑舌困難…呼吸困難を引き起こすこともあります。」

「雪輪屋さん、もしかして…すごく酔ってる?」

「いえ、私はたいして飲んでないので…それに、
 ええと…その、お兄さん…こんなことを言うと…変に思われて…しまう…のですが…
 このまま…ここにいると…かなり危ない…です。」

人見知りをする子で、俺の実家へ遊びに来てた頃もこんな感じだったが…
なんだ、ここにいると危ないって?

「駅のホームは…人が乗り降りする…場所…ですけど…
 亡者や異形が…出口を求めてやってくる場所…でもあるのです。
 そして、死の淵に立って彼岸を眺めている人間を見つけると…
 仲間に引き込もうとホームの上にまで、這い上がってきてしまうのです。」

亡者?異形?死の淵?彼岸?這い上がる!?
雪輪屋さんの言っている意味が理解できない…理解できないのだが…
なんだか背中が寒気を覚えてゾクゾクしてきた。
鳥肌まで立ってきたじゃないか。

「ここ…結界になってます。
 たぶん、電車が出て行った後、客扱終了合図後から干渉が始まったのかと…
 駅員さん達も他の利用客も…入って来れないように…このホームが存在すること…
 人の関心から外されてしまっています。
 ユズキも最初、お兄さんどころか…このホームを見つけることが出来ませんでした。」

俺は周囲を見廻した。三人以外…ホームには誰もいない。
確かに、今夜はかなりおかしい。
次が終電だ…待合室で暖をとっていた客達だって、そろそろ階段を下りてきても良い時間だろう…
それが、全く誰もやって来る気配がない。
彼女の言う通り、誰からも…このホームが見えていないのだろうか…

「月の出ない夜、ホームの端から先は…
 一歩踏み出せば底知れぬ深い闇となっています。
 夜の海と同じ、港…桟橋の下…そこは生者以外が統べる見知らぬ世界…」

なんか…だんだん、饒舌になってないか雪輪屋さん。
ユズキは俺の手から缶コーヒーを奪って「トレースオン!」とか馬鹿なことを曰っている。

「で、なんでこのホームなんだ?」

「疲れ果ててるお兄ちゃんがいるからだよ♪」

「線路は鉄道車両が走行する軌道…
 それは永遠に交わらぬ、 鋼鉄のレール二本で作られています。
 五行思想にいう金気とは金属…青銅、鉄、鋼…
 古来より、魑魅魍魎や幽霊の類が嫌うものとされてきました。
 この鋼鉄製のレールがホームへ彼らを引き寄せる因となっているのです。
 鉄道事故で亡くなられた方…それも、二本のレールの間で命を落とされた方が残した…
 未練や遺恨、怨嗟、憎悪は金気に弾かれ…弾かれている内に練られ…凝り固まり… 猖獗して、
 生前の…断末魔の姿を象った悪霊と成り果てます。
 車の行き交う道路であれば思うまま…周囲に拡散することができるのですが、
 鋼で出来た二本のレールが邪魔をして外へ出ることを許してくれません。
 悪霊は自然、電車と同じ軌道に沿って彷徨する事となります。
 駅のホームはレールとの高低差によって…世界を分け、彼らの侵入を防ぐことができます。
 しかし、新月の晩…闇が満ちて差が埋まる…その時にのみ、
 人の住処側へ…こちら側への干渉が出来るようになるのです。」

雪輪屋さん、済まない…俺にはあんたが言ってる話の意味がほとんどわからん。
このホームに異常が起きていることと…ここにこのままいてはいけないと言う事くらいしか…

「レールの外へ出たいと執念が残っているものは…まだ、良いのですが…
 鉄道で自殺される方のほとんどは凝り固まった怨みで出来上がった存在なので…」

感情が感じられない…どこかにあるカンペを読んでいるような…彼女の声…
なのに、整った白い相貌は…口の端が軽く吊り上がり…眼鏡の奥では目が細められる…
ゾッとするような笑みを象っていた。

「ひぃふぅみぃよぉ…」

悪寒が全身を駆け抜け、瘧のような震えが走る。
寒い!さっきより気温が低下していないか?
厚手のコートを冷気が突き抜けてくる…全身が今にも凍りつきそうなくらい寒い。

「鉄道事故…特に自殺された方…濃く…強く残ってしまうんです。
 まず、話なんて聞いてくれません。
 生きている人が羨ましくて、妬ましくて、憎たらしくて…
 普段はああして見上げるだけ…なのですが、今夜は…
 新月の晩だけは…生気の欠けた者をそちら側へ引きずり込める狩場へと変じるのです。」

彼女が促す方向…ホームの先へ視線を向ける。
な、何かと目が合った…合っちまった。
こんな不自然で…低い位置なのに…誰と目が合う!?
心臓を冷気が鷲掴みにした。

「見えましたか?
 心身共に疲れ果て、マイナス思考に支配されて気鬱となっているお兄さんの精神状態は今、
 彼等と容易に同調し、共感できる位置にまで来ています。
 お兄さんを彼等の側へ容易に引き込めると目星をつけたのでしょう。
 恰好の獲物を絶対に逃がすまいと結界を張ってまで…
 虎視眈々と狙っています。」

それでか、畜生…見てる…しっかり、俺を見ていやがる…
熟しきったトマトみたいな…
普通の倍くらい真っ赤に腫れあがった…男とも女とも分からない不気味な顔が…
瞳孔の開ききった…焦点の合わない目で…だが、確実に俺を睨みつけている。

「すごいの来ちゃったね、お兄ちゃん♪」

嬉しそうに…この腐れ妹が!
あれが幽霊…悪霊とか、そういうものだというのか?

「お兄さんを求めて、お兄さんが欲しくて…彼等が集まってきました。」

俺はベンチから飛び上がるようにして立ち上がった。
彼女のセリフを訊いて悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい。
赤く腫上がった顔の隣に別の顔がある。
その隣にも…またその隣に…幾重にもなって俺を見つめている。
ひしゃげ…潰され…割れ砕けた無惨なデスマスク達がみるみる数を増していく。

「私がいるから彼等は警戒してホームへ…こちら側へ上ってくることができません。
 しかし、数を増し…私に勝てる確信が持てた時、亡者達はここへ這い上がってきます。
 そうなる前に、お兄さんはユズキと逃げてください。」

言ってる側から手!手が出た!!
腕が…ホームの向こうからずるずると血の気のない青白い手が…
天に伸びるように…一本…二本…こちらを見ている顔と比べて腕の数がやけに…
熟れたトマトみたいな顔…口の端が吊りあがる…無惨な顔をした奴等もまた…
雪輪屋さんが浮かべる表情よりさらに深い…邪悪な笑み…

「今宵は悪質なモノ達が多いようですね。
 私はちょっとこの方達とお話があるので、ユズキ、お兄さんを連れて逃げてください。
 お兄さん、絶対に後を振り返ってはいけませんよ♪」

まるで、レイ・ハリーハウゼンのコマ撮り特撮映画のようなぎこちない動きで…
奴等は…ひとり、またひとりと…ホームの端に指を掛け…ゆっくりと時間をかけ…這い上がってくる。

「アファーマティブだよサーちゃん♪」

ユズキがガシッと俺の手首を握ってきた。
強い力で引っ張られ、慌てて俺は一歩踏み出し、ホームからの脱出行が始まる。

「この期に及んで迷っている暇なんてないんだからね、お兄ちゃん!」

しかし、どこへ…どこまで逃げれば良いんだ?このホームから…連絡通路まで行けば良いのか?
ユズキと手を繋ぎ走り出したのだが、手足の動きが鈍い…動作が緩慢で、
運動能力なら俺の方がかなり上である筈が、妹の走る速さにまるでついていけてない。
くそ、連絡通路へ続く階段…あんなに遠かったか?
今までいた場所は、階段を下りてすぐのベンチだった筈…遠近感がおかしい。
屋根を支える柱が俺を嘲笑うかの如く、ぐにゃりと歪んだ。
黒い塵のようなものが、無数に視界の中を舞っている。

「お兄ちゃんの脳はね~現在、異形達が張った結界の中にあって、
 視覚野を中心に奴等の集合意識によって乗っ取られているから、
 階段や柱の位置とか距離感、平衡感覚、運動中枢…もしかすると体感する時間の経過速度とか、
 色々狂わされてると思うよ。」

ユズキも雪輪屋さんもなんでそんなにこの異常事態に詳しいんだ?
雪輪屋さん…俺達を先に逃がした雪輪屋さんはどうなってる、無事なのか?
彼女が言ったことを守り、振り返ることなく階段目指して俺とユズキは走る。
そこに耳を劈くような甲高い悲鳴…いや、あれは断末魔か?
声は一度ではなく、異変を察知して慌てて飛び立つ水鳥の群れみたいに…次々と…

「お兄ちゃん、階段!転ばないように三段飛ばしで駆け上って!!」

「無茶言うな!平衡感覚がおかしくなって歩くのもやっとなんだぞ!?
 ユズキ、後どうなってる!?あの声は何だ?雪輪屋さんは大丈夫なのか!?」

陶器が割れるような…硬質的なものが砕けたような音も聞こえてくる。
俺達を先に行かせた雪輪屋さんが奴等に何かされているのだろうか?
まさか、奴等を引き付ける囮となって…
頭上にある蛍光灯が激しく明滅を繰り返す。

「こんな時に気にするとか…
 お兄ちゃんって…もしかしてサーちゃん好きなの?性的な意味合いで♪」

「馬鹿かお前は?純粋に心配なんだよ!!」

「あは、あの子はあっち関係で神様が相手じゃなければ殆ど無敵だから大丈夫!」

「何者だよ彼女!?」

「元は神様の生贄になる為に育てられてきたチートな存在だったとか!?」

「な、なんだそれは!?」

「まぁ、それはいいから走る走る、お兄ちゃん!」

手摺を左手が掴む。やっと階段まで来たか。
コンクリート製の上り階段がぐにゃりと歪み…
まるでテレビ映像を視ているみたいな、視界に白いノイズが走り、ブレを生じ…歩きづらい。

「足場が…段差が…膝くらいまで高くなったり、平面に見えたり…
 これをホーム下から這い上がってきた奴等がやっているのか?」

泥酔していたとしても、これほど酷くなったことはない。
ユズキに引っ張られ、よたつきながら階段を上っていく。
例の音と声が…俺の背後からひっきりなしに聞こえてくる。
振り向きたい欲求を押さえ込み、最後の一段を上る。

「結界を抜けたよ」

妹の走る速度が緩む。もう、安心…なのか?
息を切らして足を止め、身体を折ろうとする俺をユズキは許さない。

「違うから、まだ安全圏じゃないから!」

妹は俺の手を離さず、引っ張って連絡通路をどんどん進んでいく。

「雪輪屋さんが来ないぞ?」

「サーちゃんは大丈夫だから♪心配なら、
 そこの窓からさっきまでいたホーム見てみれば?」

友人を信頼しきっているのかユズキは確かめようともしない。
あんな異常現象に見舞われて…気にならないのか。
少し、薄情なんじゃないだろうか我が妹は…
ユズキに手を引かれながら窓辺へ寄り、ホームに追いついてこない雪輪屋さんの姿を探す。
いた!奴等に囲まれ…
腰まで届く艶やかな黒髪が宙を舞い…コートの裾が翻る。

「あ、あああ…」

清楚…可憐…浜辺で波と戯れる少女の如く…
楽しそうに…
それはそれは無邪気に…
ホームへ這い上がってきた異形達の頭を踏み潰してまわる雪輪屋さんの姿が…
あの悲鳴…破砕音は…奴等の…
雪輪屋さん…まるで、地獄で亡者共を責める鬼…

「ね、サーちゃん無敵でしょ♪」

「うわああああああああああああ!!」






「彼等が張った結界を破るには、数を減らして力を削がなくてはならなくて…
 そ、それで仕方なく…」

無事に俺達三人は隣のホームまで逃げることができた。
そこでユズキが、今夜は私のアパートへ泊まっていけばと、俺を誘ってくれたのだが…
亡者共を一方的に蹂躙する雪輪屋さん無双を目の当たりにした…恐怖を拭う事ができず…
妹に敬語まで使って丁重に断りを入れ、
俺は駅を出てタクシーで家に帰った。


(おしまい)
[5741] BAR物語ーバーモノガタリー
私は心霊スポットと呼ばれる
各地で幽霊が出ると言われている場所を
休日などを利用して訪ねて廻ることを趣味としています。
ネットで知り合った天之津君から、
心霊スポット探検を数人の仲間とやってるから一緒にどう?
と誘われたのがきっかけです。
それから現在まで探検に同行して
数々の怪異と遭遇、恐怖に心臓を鷲掴みされ、
すくみ上がって満足に身体が動かない状態で
闇の中を半泣きになって逃げ回り
這々の体で車に辿り着いたこと数度…
遊園地などのアトラクションでは味わうことができない
保障も保険も安全装置もまるでない
全ては自己責任でギリギリのスリルを楽しむ
心霊スポット探検…
私は完全にはまっていましたが…
今回はスポット以外でのお話です。



重い扉を開けると、程好く明るさを抑えた店内…
カウンターの向こうから初老のバーテンダーさんが出迎えてくれます。
この隠れ家的な独特の雰囲気…大好きなんですよね。
若いバーテンダーさんにコートを預けてカウンターチェアへ腰を下ろします。
白いものが混じる総髪を後ろへ撫でつけ、
バーコートを華麗に着こなすバーテンダーさんの後ろ、
ウイスキーやリキュール類のボトルがずらりと並んだバックバーは埃ひとつなく清潔…
時間的に早いのでしょうか、店内にお客さんの姿はありません。
いつも、会社の上司や同僚と一緒に来るのですが、
今夜は私一人…
駅前からわずかに入った路地…雑居ビルの掘り下げになった階段を下りた突き当りに、
出入り口となるドアを見つけることができます。
目立たぬよう、ひっそりと佇むこのお店…
私のお気に入り。
金曜日の夜、実は友人から紹介された男性と食事をしてきての帰り道…
ちょっとだけ、お酒が飲みたいなと、
立ち寄った訳なのです。

「ブルームーンをお願いします」

本日、お会いした男性…
学歴も勤務先もルックスも服のセンスも申し分無し、
女性のあしらい方も慣れて様になっているし、クラっと来たのは確かです。
迎えに現れた車もアルファスパイダーと来てはケチの付け様もございません。
姫君を迎えるようにドアを開けられたナビ側の席…
乗り込むとき、ちょっと短すぎたと後悔したスカートの裾…
人と車で溢れた街中から郊外へ向けてバイパスを滑らかな加速をみせて走るGTV…
静かに流れるビル・エヴァンス…数を減らしていく街明かり…
闇が濃くなり、フロントガラスの向こうで無数に煌く冬の星達…
飽きさせない豊富な話題…巧みな話術…
深くシートに身を沈める…安心感…
鬱蒼とした林の中を道なりに進むと石造りの落ち着いた雰囲気の建物…
外灯に照らし出される石畳の駐車場…
ここが以前から来てみたいと思っていたリストランテ…
店内は白が基調とされ…きらびやかで豪華…
所作の洗練されたギャルソン達…
テーブルへ並べられるオーナーシェフが腕を奮った料理…
豊富なワインリスト…
イタリアのメディチ家からフランス王家へ嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスから始まる
フランス料理の隆盛、フランス料理にまつわる逸話が彼の口から次々と語られ…
耳に心地良く、口下手な私は微笑と相槌で返すのが精一杯…
でも、本当に楽しい晩餐でした。
食事の後、別室でプティフールとエスプレッソを頂いている時、
夜のドライブへ誘われたのですが…
初対面の男性と長時間過すのはやはり怖いもので…
丁重にお断りすると…彼は嫌な顔ひとつ見せず
次こそはあなたから信頼を勝ち取れるよう努力しますと一言、
往路と変らぬ態度で…駅前まで送っていただき、
次に逢う約束と連絡先の交換をしてお別れしました。
去っていくアルファスパイダーを見送り、
彼を紹介してくれた友人に報告の電話を入れ…
それからこのお店に入ったのでした。
彼が車だったから…私だけ飲むなんて出来ないので…
せっかくソムリエのいるリストランテだったのに…
お酒、飲みたかったぁ♪

バーテンダーさんの振る腕がゆっくりとなり…
優雅に胸の前で蓋を外し…グラスの直上で傾けられた霜付きのシェイカー。
私の前に置かれたグラスへ美しい液体がなみなみと注がれました。
ドライジン30ml、クレーム・ド・バイオレット15ml、レモンジュース15ml…
味もさることながら、すみれ色の見事な色彩…この色、大好きなのです♪
カクテル言葉は出来ない相談、奇跡の予感…かなわぬ恋…完全なる愛なんてものもありますね。
とってもよく冷えています。
シェイクで氷を割り過ぎた為の加水…なんてことがないから味もしっかりしてます。
さすが、魔術師と呼ばれるだけの腕前…
喉をごくっと鳴らせて一気に飲み干してしまいました。

「ぷはーって言いたい気分!」

「枡酒に手塩の方が良かったかもしれませんね」

「お見事な飲みっぷりです」

バーテンダーさん二人に笑われてしまいました。
冬は日本酒ですよね♪日本酒バーって言うお店もあるんですよね♪
バックバー?酒棚に一升瓶がずらりと並んで…壮観…日本酒に合う料理…
次は和食が良いですねと彼が…どうしましょう、懐石も良いですけど、お鮨…
この時期、暖かいものがいいかも♪
お鍋やおでん…そこまで親しい関係でもないし…なってないし…
牡蠣をベーコンで巻いて炙って…しいたけにエビのすり身を…串焼き料理か…
だめ、ブルームーンを飲んで気持ちを冷静にしようと思ったのに…
あんな素敵な男性と私なんかがお付き合いできるわけないですよ絶対…
我に返るとカウンターの向こうでバーテンダーさんがにこにこ…
あ、ええと…次は何を頂こうかな…バーにメニューなんかありませんから、
視線を逸らすの大変です。
日本酒のカクテルですかぁ…春の雪…サムライ・ロック…サケティーニ…
ちょっと今の気分とは合いません…
スコッチ、バーボン…という気分でもありません。
無理とか言いながら…なんか幸せ感じちゃってますよ私…

「次はアイオープナーをお願いします」

ラム30ml、オレンジキュラソー2dash、ペルノ2dash、
クレーム・ド・ノワヨー2dash、砂糖1tsp、卵黄1個をシェイク…
カクテル言葉は…運命の出会い…なんてものを頼んじゃったの私!?
すっごく恥かしいデス…
全然、冷静になってないし…バーテンダーさんには丸分かりですよ、きっと…
次はウイスキーミスト、その次はエンジェルズ・ティップ…
ちょっとだけのつもりが…グラスをどんどん重ねていってます。
アイスブレイカーをいただいていると入り口の重いドアが開く音…
冷たい外気が店内に入り込んできました。
私に次ぐ、二人目のお客さん登場です。
若いバーテンダーさんが上着を預かる為に入り口へと向かいます。
どんなお客さんがいらしたのかなと入り口を横目で見れば、
レザーのハーフコートを着た五十代くらいの男性…
その後ろに白いブラウスにチェック柄のベスト、セミタイトスカートという
事務服姿をした二十代半ばほどの女性が一人…

「お!あんたは」

カウンターまでやってきた男性が私を見て驚きの声をあげました。
ごめんなさい、どなたですか?
じぃ~っと男性のお顔を遠慮なく見つめさせていただいたのですが…記憶に全然…

「タクシーの運ちゃんだよ!昼間助けて貰った」

思い出しました!ランチを食べに外出した時、確かに遇いました。
で…いいのかな…
タクシーの運転手と事務服の女性を確かに!
運転手さんは私の隣へ座ってジャックダニエルを注文、
女性は運転手さんのその隣…

「バーテンさんよ、この娘さんの払いは俺に付けてくんな、命の恩人なんだ」

「かしこまりました」

「いえ、そんな…気にしないで下さい…」

「で、何があったんです?」

「俺はちょうど客を乗っけてるところだったと思ってくれ。
 そこへ通りかかった娘さんがあぶないって声をかけてくれなかったら
 後ろから来たダンプに踏み潰されて今頃、病院のベッドの上か…
 坊さんの世話になってるところだった。
 酒代くらいは俺に奢らせてくれや」

それで、おじさんと初老のバーテンダーさん二人の四人で会話が弾んだのですが…
若いバーテンダーさんが昼間の事で気になったことがあると言いだし、
場の雰囲気が一変しました。

「どうしてダンプがおかしいと気が付いたんですか?」

「え?ええと、私がおかしいと思ったのは…タクシーのお客さんでした」

「どういうことでしょう?」

「ああ、あの客か…確かに不思議な事もあるもんだよな。
 交差点を右折してすぐ、手を上げている人がいるのを見つけて…
 車を停める間に、客の身なりでだいたい乗せる距離とか分かるもんだ…
 あ、近場だなとか…会社の事務服着た女だから買い物かとか…
 それで、その人の前で停まった。後ろのドアを開けてお客が乗り込むのを確認して…
 行き先を訊ねようと振り返ると座席に客の姿はない…まだ外にいた」

「はあ?」

若いバーテンダーさん、遠慮なしです。
その言動に初老のバーテンダーさん…表情を曇らせていますよ?
お昼休み、私は牡蠣フライ定食860円を食べに同僚と通りまで出ますと、
交差点を右折してきたタクシーが、私達の二、三十メートル先の誰もいない所へ停車して
何度も何度も後部座席のドアを開閉している奇妙な光景を目撃したのでした。
近づいていくと、後部座席にお客さんの後頭部が見えます。
もう、乗っているのに出発しないでドアの開閉を繰り返ししてるし…おかしいなって。
タクシーの真横へ来たときに分かったんです。
後ろの座席へ乗せたお客さん…顔が血まみれ…と言うか…目鼻が…
耳から前が切断されたみたいになくなっていました。
生きてないことは確実…

「おかしいなとドアを開けると、客は乗り込んでくる…
 ルームミラーで確認すると座席には誰もいない…振り返ってみると確かにいない。
 外を見ると、同じ客が乗せてもらうのを待っている。 
 何度もその繰り返し…気味が悪くてもお客なんだと思うと、
 乗せないといけない気持ちが働いて…また後部座席のドアを開ける」

そこで運転手さんはグラスを口に運んでふぅとため息をつきました。
確か、以前…この辺で女性が意識を亡くした運転手の乗るトラックに轢かれて亡くなる
交通事故があったことを思い出したんです。
それが事実であったことを裏付ける、信号機の根元にその名残がありました。
タクシーの客席に座っているのは幽霊…
かなり性質の良くない部類であるということは決定ですが…
その場にタクシーを釘付け状態にしている理由は?何がしたいのか…
背筋がゾクっときました。
背後…恐る恐る振り返りますと…妙な雰囲気を纏いふらふらと車体を揺らしながら
こちらへ向かってくる一台のダンプカーが…
あの事故…確か、タクシーへ乗り込む途中だった女性が…タクシーの運転手さんは軽傷で…

「今度は助手席の窓が激しく叩かれて…それで我に返ったんだ。
 窓を叩きながら逃げて!って必死に叫んでるこの娘さんがいた。
 なんだ?って…娘さん、今度は後ろを指しているんで振り返ると
 でっかいダンプがこっちへやって来るのが見えた。
 あれがどうしたんだ?でも、娘さんが必死で逃げろと言ってるから
 分かったから離れろって手で合図してな、車を出したんだ。
 本当に危なかった。ダンプは車を停めていたところから路肩へ乗り上げてな…
 木とかにぶつかりながら歩道を走って横倒しになって停まった」

身体が勝手に動いていました。
運転手さん…誘われていたんだ!
同僚達を置いてタクシーへと駆け寄り、
助手席側の窓を叩いて運転手さんに逃げろって…叫んで…
車が出て間もなく…タクシーが停まっていた場所へダンプカーが突っ込んできて…
路肩を乗り上げ街路樹を薙ぎ倒して、最後に車体は横転…
タクシーの運転手さんが戻ってきて…やじ馬が集まりだし…
ダンプカーの運転手さんはどうなったのか…
同僚に休み時間がなくなるって、余計な事に首を突っ込むなって
引っ張られてランチへ向かったので、その後のことは分かりませんでした。

「呆然となった。でも、これは大事故だと…警察と消防には俺が連絡を入れた。
 会社にも事故を目撃したことを言ってな。
 娘さんとお客はあれからどうなったのか…周りを探したが見つからず終いで…
 ダンプの運転手は意識が無いらしくて救急車で運ばれていった。
 幸い、事故に巻き込まれた人間は誰もいないと聞いて、娘さんもお客も無事だったんだろうって。
 それが、一人で祝杯をあげようと立ち寄った店で偶然、命の恩人と再会できたなんてな」

「そのお客さんの顔を覚えていらっしゃいますか?」

「お、おう当たり前よ!と…言いたいところだが…どういうことだ?
 こんなの初めてだ、まったく思い出せない」

運転手さんの隣に立つ事務服の女性…終始無言で寄り添っています…
ずっと一緒だったのですね。
椅子から下りて女性の許へ向かいます。
昼間…同僚に引っ張られて事故現場を去るとき…
道に佇むその姿と変わりなく…顔は削り取られたように無くなって…
千切れかけた左手はくるぶしにまで届きそうなくらいに垂れ…
良く見てみますと…身体は左側の破損が酷いです。
膝も大腿骨も砕けているみたいで、足首も90度以上曲がっているし…
でも、事務服には汚れも破れも…傷ひとつ無く…
いえ、肩にかかるナチュラルな内巻きの黒髪も…
あれほどひどいダメージを受けている左手のネイルも…綺麗なまま…
どんなに身体は酷い傷を負っても守りたかったのでしょうか…
身体の破損も酷いですが…心の崩壊もすさまじかったようですね…
即死ではなかった…五感も聴覚だけ生きていたみたいです。
自分はこれほどの傷を負い…死ぬ運命…それなのにタクシーの運転手は無事…
なぜ、自分がこんな目に遭うのか…
なぜ、タクシーの運転手は生きることを許されたのか…
妬み…羨望…憎悪…怨み…
タクシーの運転手は絶対に逃がさない…
死の間際で芽生えた呪詛…
私の頭の中へ無数の呪いの言葉が重なり線となり、螺旋を描いて入ってきます。
もぞもぞと多足蠢くムカデみたいになって…頭蓋骨の中へ…
しかし、呪詛の対象となる条件を私は満たしていないので、その攻撃は通じません。
頭蓋骨内部に響く声が気持ち悪いと思う程度です。
逆に運転手さんは…今は聞こえていませんが、だんだんと呪詛を聞き取れるようになっていく筈…
それが破滅の始まりになる…

「運転手さん、次はソルティドッグなど如何でしょうか?」

私の突然の提案です。
ウォッカ20ml、グレープフルーツジュース40ml、食塩少々とレモンの輪切りを使用します。
オールドファッショングラスの縁をレモンで濡らして食塩を付けてスノースタイルにし、
グラスに氷を入れて、ウオッカ、グレープフルーツジュースを注ぎ、ステアして完成です。

「娘さんが飲めと言うなら喜んでいただこうか」

「では、この塩を軽く炙って湿気を飛ばし、
 冷ましてからスノースタイルにしてソルティドッグを作ってください」

「それは特別な塩なのですか?」

「中味は事勝因勝長狭神を祀る神社からいただいた清め塩です」

運転手さんの隣、事務服の女性が身じろぎをしました。
私はバッグから取り出した包みを初老のバーテンダーさんへ渡します。
事勝因勝長狭神は塩の神です。塩竈明神の方が有名でしょうか。
日本書紀では塩土老翁・塩筒老翁と表記されています。
私と会ってから半日…運転手さんにあの女性は取り憑いていました。
呪詛に取り込まれていると考えても間違いじゃないと思います。
経験上、それほど強い悪質なものではありませんが、
自殺へと追い込んだり、事故になるように誘い込むくらいはやってのける程度の力は持っています。
早いうちになんとか対策しないと運転手さんがあぶないです。

「なるほど…」

初老のバーテンダーさんは運転手さんを一瞥…そして、了承してくださいました。
アルミ箔の上に包みを解いて塩を乗せ、
カウンターへ入った若いバーテンダーさんがコンロで軽く炙ります。
しっとりしていた塩が熱されパラパラにばらけてきました。
それをお皿に乗せて冷ましている間に、バーテンダーさんはソルティドッグの準備に取り掛かります。
室内の気温を考えて時間まで計算済みということですか…
オールドファッショングラスとは違うものを二つ用意しました。
何でしょうか…縁のデザインが違います。
ウォッカとグレープフルーツジュースの壜をカウンターに置き、
冷蔵庫からレモンを取り出して輪切りにします。

「濡らしてはせっかく炙った塩が台無しになってしまいます」

初老のバーテンダーさんが逆さに持ったグラスの縁を
お皿に盛られた塩に付けて廻していきますと…
不思議なことに…レモンで濡らしていないグラスの縁へ塩が綺麗に付着してます。
グラスを変えたから?それともバーテンダーさんの…
上下を戻したグラスへ氷を入れ、ウォッカとグレープジュースを注いでステア…
輪切りにしたレモンにバースプーンのフォーク部を刺してひねり…果汁を一滴二滴と
バーテンダーさんはグラスへ垂らしました。

「ソルティドッグにございます」

運転手さんの前に置かれたグラス…それを手に取って塩を舐めながらひとくち…
とても美味しいみたいで、運転手さんはあっという間に飲み干してしまいました。
隣にいた事務服の女性は効果覿面…
言葉は私に届かなくなり…傷だらけの身体から何かが離れようともがいていますが…無理です。
女性と共に空気中へ溶けるように消えていきます。
苦しむことさえも許さない…散って消えてゆくだけ…

「呪いの言葉で人を弄うを寡黙によって封じる」

「神道で祀られる神の名を出したのはブラフです。
 あの場所に留まって呪詛を吐き続けていれば悪質なモノ達がやってきて力を貸し、
 より大きな存在になろうと…力を蓄える為にあなたを利用しようと考えるでしょう。
 だとしたら、この国の神を用いて除霊を図る拝み屋、法師対策は万全と読みました。
 私の目的は…あなたを…もう、あなた達かもしれませんが、油断をさせる事、
 油断してバーテンダーさんが作ったソルティドッグを運転手さんが飲まれるのを許す事…」

「ソルティドッグのカクテル言葉は『寡黙』…
 寡黙は鹿目…持ち主を守る護符となる。
 寡黙は火木…木を燃やして火は熾る…霊は水木の性…木を焼き尽くす赤い炎…
 霊は水木の性…五主で言う水は髪、木は爪…火は血脈
 霊は水木の性…五事で言う水は聴、木は貌…火は視
 霊は水木の性…五志で言う水は恐、木は怒…火は喜笑
 霊は水木の性…五声で言う木は呼、水は呻…火は言…呼呻を言で以って封じる」

「神のグラスならぬ
 これが魔術師のグラスです」

お酒の歴史は非常に古く、有史以前から作られていました。
南米・アジア・アフリカのごく一部で現在も行われ続けている…
各種穀物を口に入れ噛み砕いた後、瓶や甕に吐き出し集め発酵を待つという…口噛み酒…
これが原初のお酒だと言われています。
以後、酒造りに大きな功績を残した人は神と崇められ…お酒は神事に欠かせないものとなりました。
時代は変わり十世紀頃、蒸留酒が発明され…それは錬金術師が偶然に作り出したものだと伝えられています。
蒸留酒はアクア・ヴィテ…『生命の水』と呼ばれ、
フランスではオード・ヴィー、ゲール語ではウュク・ベーハーとなり…
後に作られたウイスキーやウォッカの名もここから由来しています。
エリクサー、エリクシール、エリクシア、イリクサ、エリクシル剤…それから賢者の石は、
不老不死となれると伝えられる霊薬、万能薬の意味で、
全ては『生命の水』という言葉が元になっているのです。
そういうわけで中世からお酒と錬金術…魔術は切っても切れない縁があり…
『生命の水』の子孫達を客に饗する酒場…
現代のバーに身を置く魔術師も存在するのです。
初老のバーテンダーさんは儀式魔術師でもありました。
若い方はそのお弟子さんです。

「運転手さん本人に奇妙なお客さんをタクシーに乗せたという話をしてもらったのは
 現在進行形の憑依は本意ではないと霊に示す為ですね。
 気味の悪いや違和感を拒絶という名の境界線を無意識下に引かせて
 憑依してできた曖昧から霊だけを分離して浮かび上がらせた訳ですか
 ソルティドッグの力が運転手さんへ及ばないように…」

「ええ、『寡黙』は強いですから」

「あれって…魔術?呪禁みたいな要素もあった気がしますが…五行思想がベース?
 もしかして相乗…いえ、もしかしてこれってカクテルですか?」

「ご想像に」

「あ、今になって漸く気が付きました。
 運転手さんが来店されてすぐに対策を打たれていたんですね!
 なんか凄いのを!それが…私がソルティドッグとか塩とか余計なこと言っちゃって…」

「いえ、お客様が機転を利かせていただいたお陰で、あ奴らが警戒を一気に解いてくれました」

運転手さんは二杯目のソルティドッグを嬉しそうに飲まれています。
霊に取り憑かれていたことも知らず、今起きた攻防戦も知らず…
それが良いと思います。
真相など教えず忘れてしまった方が運転手さんの為だと…
もう一杯ずつお酒を頼み…飲み終えると運転手さんは支払いを済ませて店を出て行きました。
彼の後をつける事務服姿の女性はいません。
もう、運転手さんと私が会うことも二度と無いでしょう。
店内に僅かな気配はまだ残っていますが、バーテンダーさん達が清掃をする時に清めてくれる筈です。
さて、帰るとしますか。
預けていたコートを着せていただき、重い扉を開けてもらって外へ出ました。
酔っているからか寒さは全然、感じません。
ただ飯ただ酒にありつけて、今夜は最高♪
真円に近い銀月の下、
大股で両手を大きく振って駅へ向かう上機嫌な私でした。




友人に紹介してもらったアルファの君ですが…
なんでも、昨夜…帰宅した彼の前に巨大な二匹の化け物が現れて、
「ボク達のママをたぶらかす悪いやつは絶対に許さないでし!」
「ボク達の力を見せつけてあげるでちゅ!」
とか意味不明なことを言って脅し…庭を滅茶苦茶に破壊して去っていったとか…
ママというのは私の事を指しているのだろうという結論に至ったので…
そんな理由なのでお付き合いはお断りさせてくださいと…今朝、私に連絡がありました。
私とは釣り合わないくらいの上玉?雲上の男性でしたし…まぁ…
上手く行ったらご喝采とは思っていましたが…昨夜はなんか良い雰囲気だったし…
それが一夜明けてみれば…こんな事態に…かなりのショックでした。
プラス、世にも珍しい交際の断られ方しちゃって…なんでママ=私!?
部屋のお掃除しながら落ち込んでいたら…
私の部屋を目指して階段を上ってくる可愛い足音が聞こえてきました。
私が愛する子供達♪

「はーい、ママはこっちでちゅよ♪」

ドアがバン!とすごい音を立てて開くと、
現れたのはもふもふ犬の太郎ちゃんとホットケーキ色した猫のメイプルちゃん♪
どこで遊んできたのか…手足にお腹…可愛いお顔まで泥だらけです。
綺麗好きな良い子達なのに今日はどうしたのでしょう?
上機嫌らしくていきなり、私に飛びついてきました。
慌てて抱きとめると、ぺろぺろざらざら…私の顔を可愛い舌で舐めまわしてきます。
どちらも興奮していて宥めようとしても全然駄目で…

「そんな泥んこでお母さんに見つかったら叱られちゃうよ?」

「きゃんきゃんきゃんきゃん!」「にい、にぃにぃにぃにぃ!」

「もう!太郎ちゃんもメイちゃんもチューはダメだってば♪」

何を私に伝えたいやら…
エプロンしているから良いか…ベッドへふたりを抱いたまま仰向けでダイブ♪
この子達が落ち着くまで、したいようにさせてあげました。



(おしまい)
[78] ネクタイ感想
※奇妙掲示板より移転

ネクタイ感想
【オドラデク】

冒頭、樹海と聞いて「首吊り」が来ると思いました。オチはその通りでしたが、ネクタイじゃないと入れないレストランのワンクッションのお陰でペーソスの効いた話となり、軽快に読めました。

面白かったです。
[77] ネクタイは如何ですか?
※奇妙掲示板より移転

45.ネクタイは如何ですか?
【道化師】


いつから俺はこの樹海をさまよっているのだろう………

何度となく挫けそうになりながら、ただひたすら樹海から抜け出せる道を探す。

草を食べ、泥水を啜り、ただ、ただ、歩き続けて来た。
樹海の外にある栄えある暮らしを思いながら、思いながら。

だが、もうそろそろ限界だ。
少し眠ろう。

俺は大木の根元に腰を降ろし、かるく瞼を閉じた。




………す………か………もし………もしもし大丈夫………ですか?


遠くから微かに声が聞こえる。俺は遂に死んでしまったのか。そんな事を考えながら、ゆっくりと瞼を開ける。

「よかった。よかった。死んでいるのかと思いましたよ」

俺の目の前には、恰幅の良い中年の男が居た。

「あんた誰だい?地獄の番人かい?」

「何を、ご冗談を。私は只の行商人ですよ」

「ははっ、そっちこそ冗談を。こんな所で商売なんかする奴がいるかよ」

「いえいえ、これで結構商売になるんですよ。特にあなたのようにお困りの方は、必要な物になら幾らでもお金を出してくれますからね」


ああ、地獄に仏とはこの事か。俺はすぐさま食べ物と水を要求した。

「すみません。今、食べ物と水は切らしてまして」

「なんだよ。使えねえ奴だな!」

俺は落胆した。

「それよりネクタイは如何ですか?」

「ああん!ネクタイだとぉ!なんでネクタイなんだよ!」

「いえ、見れば少し汚れてらっしゃいますけど立派なスーツをお召しなのにネクタイしてらっしゃいませんから」

あまりの馬鹿らしさに俺が怒鳴りつけると、行商人はどこかへ行ってしまった。

きっと必要になりますよ、と言い残して。


ひとしきり落ち着いて考えてみると、俺は失敗に気がついた。あの行商人ならきっとこの樹海の抜け方を知っていたはずだ。
だがまだ希望はある。この近くに抜け方のヒントぐらいあるはずだ。
俺は最後の力を振り絞って歩き始めた。





そして、希望はやがて現実へと変化する。
俺の目の前にレストランとおぼしき建物が。

あそこで飯を食って力をつけたら、樹海の抜け方を聞き出してやる。


ようやくレストランらしき建物に辿り着いて、重い扉を開ける。

「いらっしゃいませ」

思った通りレストランだ。

「何か食べる物と飲み物を」

「申し訳御座いません。当店はネクタイをされていないお客様はご入店頂けません」

「何ぃ、ネクタイだと!わかった。わかった。じゃあネクタイ締めるから貸してくれ」

「当店ではネクタイの貸し出しはしておりません。どうぞご自身でご用意して下さい」

「なあ、頼むよ。一口でも食わねえと、もう 一歩も動けねえんだよ………」









「おや、これはこれは珍しい柄のネクタイを。いえ、いいんですよ。ネクタイさえ絞めていらっしゃいましたら」
[76] 大人←→子供
※奇妙掲示板より移転

44:大人←→子供
【ワイキキ】

そうだ思い出した。『虹のモト』だ。
あれは、多分油だ。いや、絶対そうだ。今考えると正気の沙汰じゃない。油を首からさげてはしゃいでいたんだから。確かあれは母に捨てられたんだ。そりゃそうか、油なんだしな。
一通りアルバムを見終えた後、また分別の作業に戻った。宝物と書かれた段ボールを見つけた。中身は干からびた尻尾や海に落ちてるようなガラスの破片が入っていた。冬の匂いを入れた瓶は見つからなかった。確か大事にしていたと思うのだが。

分別も済み俺は帰路についた。久しぶりに近所をぶらぶらしていたら、昔迷子になった時、母が迎えにきてくれた公園についた。あの頃は大冒険だった道のりも、たった数分の散歩になっていた。
ベンチに腰をかけ、昔を思い出した。あの頃は夢を見れていたのに、今はどうだ。昔を思い出すと胸が痛くなる。
そんな事を考えていると小さな子供が大きなリュックを背負って、今にも泣きそうな顔で近づいてきた。迷子だろうか。
俺はよっぽどひどい顔だったのだろう、子供は俺に何か話し掛けてきた。子供に励まされるとは思いもよらなかった。しかしこの子、見覚えがある。いや、そんなわけがない、有り得ない。
俺は急に思い出した。冬の匂いを詰めた瓶は、公園で落ち込んでいたおじさんにあげたんだ。
いや、有り得ない。俺は自分の考えを必死に否定した。
だが、考えは的中した。

「おじさん、これあげる。冬の匂いを詰めた瓶。すごいでしょ。これあげるから元気だして」
俺は、俺に瓶をあげていたのか。なんのためにだ。
公園の入口で俺を呼ぶ声がした。すると子供はかけて行った。あの子は俺だ。俺はタイムスリップしたのか?

それからどうやって家に帰ったかは覚えていない、気が付いたら家のベッドで寝ていた。
机の上には瓶が置いてあった。瓶には、『ふゆのにおい』と汚い字で書かれていた。
どうやら夢ではなかったようだが、まだ夢の中にいる心地だった。俺は瓶を開け、匂いをかいだ。
微かに、冬の匂いがした気がした。

俺は、まだ夢を見れるだろうか。
[75] 大人←→子供
※奇妙掲示板より移転

43.5:大人←→子供
【ワイキキ】

俺はこれからどうなるんだろう。
いつからだろう、未来に希望が持てなくなり、夢を見れなくなったのは。
中学の頃までは科学者を目指していた。幼い頃から科学者を目指していた。理由は単純だった、不思議な事を解明したい、馬鹿げている。
小説の主人公ではないが、こう思う『この世には、不思議なことなど何もないのだ』
子供の頃不思議に思っていた事は今や常識だった。だから科学者を諦めた。訳じゃない。
ただ単に学力が伴わなかったのだ。化学も科学も苦手だった、数学も苦手、それ以外はそこそこ出来た。理数もとことんダメだった訳ではない、人並みには出来た。だが、科学者になるには人並みではいけないのだ、勉強はした、努力もした、だが頭がついていかないのだ。
科学者は諦め、今はサラリーマンをしながらぼそぼそと暮らしている。
今日は久しぶりに実家に帰ってきた、両親がうちの近くに引っ越すので自分の荷物を整理しに来たのだ、しかし、ほとんどがゴミだから整理と言うより分別と言った方がいいかもしれない。
いつもそうだ。大掃除の時も、模様替えの時も、ついついアルバムに見入ってしまう。小さい頃の写真は、いつも大きなリュックを背負っている。思い出した。あれは宝物だ。俺はいつも宝物を持ち歩いていたのだ。トカゲの尻尾や、冬の匂いを入れた瓶を。しかし、この首からさげている小瓶はなんだったか?
[74] 子供←→大人
※奇妙掲示板より移転

43:子供←→大人
【ワイキキ】

僕は将来、科学者になる。
僕の生きるこの世界は不思議な事ばかりだ。
僕がお父さんやお母さんに「なんで」と聞くと「大人になればわかる」って言うけど、答えられないって事は、きっとわからないんだ。だから僕は科学者になって、どんな不思議も解明するんだ。
僕はいつも宝物を持ち歩いている。あなたは小さいのに、そんな大きなリュックを背負ってると、転ぶから危ないよ。と、お母さんは言うけど、背負っているのは僕の宝物、手放したくないんだ。
家の裏にでるトカゲの尻尾
海で拾った向こう側が見える透明の石
猫の口から出た、毛の塊
他にもいっぱいあるけど、リュックの下のほうにあるのは思い出せない。
冬には冬の匂いを瓶に詰めたんだ。夏と冬は匂いが違うんだ。なぜだかわからないけど科学者になって解明してやる。
お気に入りは虹のモトだ。
これは小瓶に入れて首からさげている。雨が降った後駐車場の前を通ったら、水たまりに虹が出来てたんだ。きっと虹が雨と一緒に落ちて来たんだ。僕はそれを小瓶に入れて、肌身離さず持ち歩いている。
大人に話すと、汚いから捨てなさいって言うけど捨てられるもんか。僕の一番の宝物なんだから。
今日も僕は不思議な物を探して町を探検していた。夏は冬より明るい、冬はすぐ真っ暗になるのに、夏はずっと夕方だ。
お母さんは「げしだから」って言ってたけど、「げし」だとなんでずっと明るいのかを聞いても教えてくれなかった。これみ調べないと。
今日はいつもより少し冒険している。いつもはタバコ屋さんが見えてきたら引き返すのに、今日はタバコ屋さんを通り過ぎて知らない公園まで来た。どうやってたどり着いたかは覚えてないんだ。
曲がり角を右に左に右にまた右に、とにかくむちゃくちゃに歩き回ったんだ。なぜかと言うと、家に帰りたくないからだ。
お母さんが虹のモトを捨てちゃったんだ。怒って出て来たから帰り難いんだ。でも帰れるか少し不安になってきた。
疲れたからベンチに座ろうとすると、隣にしらないおじさんがいた。なんだか疲れた顔をしていたから元気付けであげようと思った。僕は科学者になったら人の役にもたちたいんだ。これはその第一歩だ。でもなかなかおじさんは元気にならなかった。だから僕の二番目の宝物、冬の匂いをあげる事にした。おじさんは何か言いたそうだったけど、お母さんが僕を探しに来た。僕は名前を呼ばれたからお母さんの方に走っていった。おじさん、元気になったかな
[73]
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42:円
【オドラデク】

その頃の僕といえば、円に夢中だった。縄跳びで円を作って中に入ると安全地帯になったり、フラフープを潜ると違う僕に変身できたりした。

そんな僕も大人になったが円遊びは、まだしていた。通勤電車のつり革の円に手首を出し入れして願掛けしてみたり。

でも最近、円に嫌われ始めてにっちもさっちも行かなくなってきたんだ。

丁度今、円から景色を眺めてる。太陽や空、街。

それじゃ最期に飛び切りの円遊びを――。
[72] 白い塔
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41:白い塔
【オドラデク】
小学校中学年(51感謝)
町の中心に白いの塔が建っている。遥か上部に一枠の窓らしきモノがあるだけで入り口は、何処にもない塔。

昔から人々は、入り口をつけようと穴を開けようとしたり、破壊しようとしたり、燃やそうとしてみたり、登ろうとしてみたり、集まって輪になって囲ってみたり、お願い事をしてみたり――全て徒労に終わる。

人々がここに町を作るまえからあった塔。

中には何があるのか?
大学では論客達があれこれと議論し、いくつもの仮説が立てられ消えていった。

芸術面では、幾人もの詩人が吟ったり、小説家によって物語も作られたり、画家によって絵におさめられたりした。

嘘っぱちの宗教がそれらしい理由をつけ利用したり、信仰のシンボルにもなった。

いずれにしろ、人々は塔を愛していたし、同時に人々の畏怖を集めた。




何かの群れが森の向こうから此方に向かってくるのが見えた。
今回で何度目だろうか。

また窓の下に見える人々の阿鼻叫喚を聞くことになるのは。

両耳にそっと両手を当て音を遮断し、そのまま視線を下から水平線に向けると、遠くに鯨が泳いでいるのが見えた――。

声が聞こえなくなるまで少しの我慢だ、と言い聞かせ震えて待った。
[71] plastic planet
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40:plastic planet
【たゆたう】

「パパ、公園で遊ぼうよ」


「ああ。もう少し待ってくれないか?」


昼下がりの午後、ヴィンセントは8歳になる娘に催促されながら、自宅で製図の仕事をしていた。この光景は、いつものことである。休日になると娘のメアリーは、ヴィンセントと公園で遊べることがこの上なく楽しみであった。


「あとちょっとで終わるからな――」


ヴィンセントが呟いた。時計を見るとあれから、1時間も経っている。メアリーに悪いことしたなと反省しながら、やけに静かな空間に違和感を覚える。

「おい、メアリー何処にいるんだい?」

ヴィンセントの低い声が空しく響いた。2階にでもいるんだろうとたかをくくって、上がると、小さな身体が静かに横たわっていた。




車で病院に運ばれたメアリーは、長い診断を終え、唯一の親であるヴィンセントが1人、医者の前に通された。


眼鏡をかけ清潔感がある医師が、腰かけた回転椅子をくるりと廻すと、ヴィンセントと膝を会わせた。


開口一番、信じられない宣告を受けた。


「娘さんは、残念ながらアンドロイドです――」


メアリーは、精巧に作られたアンドロイドにすり替えられていた。最近流行りのすり替え誘拐だ。ただアンドロイドといっても、メアリーと同じ記憶を有し、すり替えられてから積み上げられた記憶から学習していくそうだ。つまり、人間と同じプロセスを踏む。

だから、このアンドロイドのメアリーは自己をアンドロイドとも思ってはいないし、過去の記憶も持ち合わせているし、ヴィンセントを父親として慕っている。

「先生、娘はいつすり替えられたんですか?」

医師は、腕を組み、右手で左腕をたたきながら答えた。

「データから解析した結果、およそ1年前です」




ヴィンセントは帰宅後、警察にも事の顛末を届けたが、娘が無事帰る確率は低いと聞いて、膝から崩れ落ちた。考えたくもないがメアリーは、生体部品ブローカーに渡った可能性が高いらしい。

傍らで無邪気にはしゃぐ偽物のメアリー。

希望を捨てず血眼になって娘を捜索するヴィンセントは、次第に偽物のメアリーを邪慳に扱いつつあった。

勿論、偽物とは言え、このメアリーには罪は無い。頭で理解しつつも何処からか言い知れぬ感情がヴィンセントを支配してしまうのであった。




なんの進展もないまま半年が過ぎた。食料を買い出しに来たスーパーの駐車場でヴィンセントは、不可解な現象に襲われた。

それは、めまいがして、時折、目の前がモノクロームの映画のようになり、近くを動くモノが駒送りになる異様な感覚であった。

――大丈夫、疲れが溜まっただけだ――

ヴィンセントは自分に言い聞かせるようにして、運転席で休んだ。

そして少し落ちついた頃、帰宅した。



その日は、メアリーを彼女の友人が住む古いトレーラーハウスへ送ると、そのまま病院に行った。待合室は既に患者でごった返しており、立つスペースすら見当たらなかった。苛々しながら待つこと1時間

診察室へ呼ばれた――。







それから数日後の夕暮れ時、メアリーが友人達と戯れているのをヴィンセントは、公園のベンチに腰掛けながら静かに眺めていた。

結論から言って私は、メアリーがアンドロイドになる1年前にアンドロイドになっていた。私は、ヴィンセントのフェイクだった訳だ。

主人格である「本物」のヴィンセントは、偽者である私にメアリーを預けて何処に行ってしまったのであろうか。


あまりにも無責任ではないだろうか?
今となっては、同情の余地がある事情も、聞いて怒り狂うような身勝手な事情も分からない。


託されたメアリーも偽者、私も偽者。アンドロイドによる家族ごっこ。私がメアリーを大事に思う事は、プログラムされた事。メアリーが私を父と慕う事もプログラムされた事。


この先に希望なんてあるのだろうか?

この1年の偽者同士の記憶の積み重ねは、なんだったんだろうか?

ヴィンセントはひどく悩んだ。

太陽が沈みかけた時、公園にいた子供達も、ポツポツと家に帰り始めた。


そんな中、メアリーの友人の1人が彼の母親に手を引かれながら、メアリーとヴィンセントに手を振った。


ヴィンセントとメアリーも手を振り返した。彼らが見えなくなるまで手を振り続ける――。


「パパ、来週もまた来ようね」

屈託のない笑顔をした娘からの提案。それがヴィンセントの胸の辺りを締め付けた――。





『手を振ってるんじゃない 溺れているんだ』
(イギリス詩人Stevie Smithより)
[70] 幻と
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39:幻と
【たゆたう】

街は、不景気と物騒なニュースで支配され、耳障りな騒音にまみれている。だだ、どんなニュースであろうと耳を疑うニュースってのは、最近無い。それは悲劇だと思う。

紫がかった夕暮れが街に沈み込んだとき、たった一人の友人と呼べるサムと裏路地にある寂れた喫茶店で落ち合った。

店内は紫煙でくもり、壁紙は茶色に変色し、可もなく不可もない珈琲を出すマスターが居るだけ。

「よう」

入り口から死角になる席から馴染みの声が聞こえた。

サムだ――

サムは無精髭を生やし、長い髪の毛を後ろで一つに束ねていた。

席に着くとサムは、いつものようにダラダラと身の回りの出来事を語る。彼の話のいいところは、どんなに暗い話でもほんのちょっとの希望みたいなもに似せて締めくくる。

俺は、それを黙って珈琲を啜りながら聞くのが好きだ。

彼の何処までも続いていくような話にも終わりがある。それは決まって、顎髭を、煙草を挟んだ左手でクイックイッと3回撫でる癖がサインだ。

――だが今日は違った。


サムは、視線を窓の外へ移すと俯きながら歩く人波を眺めて話し出した。


「あのなかで胸を張って『今日を生きてます』って言える人は、何人いるかな」


「さあね」


素っ気なく答えたのは、いつだって彼の話題は、俺の心を見透かしているから。


「色んな生き方があると思うんだよ。ヴィンセント、君に今必要なのは、『あとちょっと生きてみよう』じゃないか?」


店内は静まり返り、ジーっと云う換気扇の音だけが響いていた。


「実際、『あとちょっと生きてみよう』の積み重ねで生きているのも悪くはないと思うんだ」

「それと、もうそろそろ俺からは、卒業しないとな」


サムは微かに微笑むと、目の前からすうっと幽霊のように消えてしまった。

テーブルには、ついさっきまで彼が吸っていた煙草が紫煙を燻らせていた。


サムの言葉は、俺が決めていた人生の予定を狂わすには、十分だった。


――そして、いつものように今日も喫茶店に通う。


入店と同時に、当たり前のように珈琲を2杯出すマスター。

今日からは、1杯でいいことを伝える事から始めようと思う。
[69]
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38:鬼
【ハワイ】

事の始まりは、僕が見て見ぬふりをしたからでしょう。

吉岡は家が隣同士で、幼稚園も小学校も一緒だった。
仲がよく、いつも一緒に遊んでいた。
でも、中学に入ってからは、吉岡とは全然遊ばなくなった。
なぜなら、吉岡はイジメられていたからだ。
僕は、吉岡を助けて、イジメのターゲットが自分になるのが怖かった。
だからいつも見て見ぬふりをした。

ある日、吉岡から電話がかかってきた。
遊んだり、あったりはしなかったが、電話でのやり取りはあったのだ。
吉岡は言った。
「俺さ、思うんだ。いじめっ子は鬼なんだって。人の心がないからあんな酷い事ができるんだ。今日、指の爪を剥がされたんだ。爪の下がどうなってるか見たいとか言って。あいつら人じゃないよ」
正直、吉岡へのイジメがそんなに酷かったとは思いもしなかった。
僕が何を言えばいいか迷っていると
「一時間後に五丁目の空地に来て」と言われ、電話がきれた。
電話の前で、吉岡のイジメが想像以上だった事に衝撃をうけ、立ちすくんでいると、吉岡の家のドアにかけてあるドアベルの音がした。
その時は、あぁ、吉岡がどこかに行くんだな、としか思わなかった。

一時間後、空地に行った。
向かっている途中、吉岡にどう声をかけるか考えていた。
悲しいが、吉岡を助ける事はできない、僕には勇気も力もないからだ。
空地の前に来たら違和感を感じた。
腥さい
ここらに魚屋なんかはない
空地から腥風がふく
空地の真ん中に吉岡が立っていた。
そして、いじめっ子が倒れていた。
よく見ずとも、吉岡は血まみれだった。
だがそれは吉岡の血ではない、いじめっ子の血だろう、なぜだかそう思った。実際そうだった。
吉岡はニコニコしながら言った。
「鬼をさ、倒したんだ。鬼ならさ、いいじゃん」
僕は、さっきまで、イジメられて可哀相だ、と思っていた吉岡が、おかしいだろうか、なぜだか鬼に見えた。
血で染まった赤鬼だ。
そして、僕は吉岡を殺した。
故意ではない、手に持っていたナイフを、取り上げようと争った結果、ナイフが吉岡の首に刺さったのだ。
その後、僕は警察のよんだ。
その後の事はあまり覚えていない
[68] いらっしゃい
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37:いらっしゃい
【ハワイ】

「おはようございます」
今日もまたこのこの言葉で一日が始まる。
正確には、もうすでに今日は始まっているわけだが、私にとっての今日は、今始まったのである。
「おはよう!」
今日も魚屋の旦那は元気だ。
この商店街で一番元気なんじゃないだろうか、と思う程元気である。
ほどなくして、商店街の殆どの店のシャッターが上がった。
「おはようございます。今日は寒いですね」
そう声をかけてきたのは、肉屋のおばちゃんだった。
「はぁ、そうですね」
私は相変わらず気の抜けた返事しかできず
「あらあら、もっと元気出していかなきゃ!」
と、今日もおばちゃんに背中ゆバシバシ叩かれながら喝を入れられる。
一日の通例行事である。
その後、ぽつぽつ人も出てきた。
気が付けば、あっという間に人の海である。
適当に接客し、店の慢前を通る客を見ていれば、すぐに閉店の時間が来る。
人気があるわけではないが、売れてないわけでもない、一応毎日黒字ではある。
このご時世に赤字でないのだ、充分だ。
しかし平凡な毎日である。
シャッターを下ろしながら考える。
結局、私はただの歯車にすぎないのだろうと。
何を動かしている歯車かと聞かれても困るのだが、そんな気がした。
変わらない毎日
過ぎていく時間
とは言え、変化が欲しいわけじゃあない、ただそんな気がしただけである。
そんなくだらない事を考えていると、肉屋のおばちゃんに声をかけられた。
「あんたはこの商店街の一番大事な部分の歯車だね。」
「え?」
「例え話だよ、例え話」
「あぁ、はい」
一瞬心を読まれたかと思い驚いた。
「あんたがシャッターを上げる音を聞いたら、あぁ、うちも開けなきゃなってなるのよ」
「うちもだよ~」
いつの間にか魚屋の親父が話に参加してきた。
「で、閉め始めたら、私達も閉め始める」
「そーそー」
「あんたは商店街の中心なのよ」
どうやら私は商店街の中心だったようだ。
言われて始めて気づいた。
そういえば、私が上げたらみんな上げ始めていた。
私は平凡なりにも商店街の中心だったようだ。
そう思うと一日が楽しみになるものだ。
退屈な日常が、たった一言でこんなに変わるものなのか
私は涙がとまらなかった。
何故だか、涙がとまらなかった。
[67] ワルツ
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036:ワルツ
【チハル】

音の無い静かな闇夜

深々と静かに照らす満月の下で二つの影は緩やかに踊っている
血のような赤い薔薇園の真ん中で音の無いワルツを踊る西洋人と東洋人の青年

東洋人の青年がリードし、西洋人の青年が追いすがる

互いに互いを追いすがるように、離さないとばかりに

西洋人の青年は東洋人の青年を見上げる

東洋人の青年は西洋人の青年を見下ろす

『そろそろ、夜が明ける』

西洋人の青年は悲しげに呟くもそれは儚く消え、変わりに狂気を告げる

『貴方を、離さない』

西洋人の青年は妖艶に笑い
東洋人の青年の首筋に牙を立てる

東洋人の青年は悲しげに笑い、西洋人の青年に命を委ねた
[66] 小願成就
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035:小願成就
【雅】


高橋は明日迎える誕生日で30になる。

仕事は順調、付き合って3年になる彼女とは来年結婚する予定。
と、公私共に非常に充実した生活を送っていた。

しかし人間贅沢なもので、高橋は心のどこかに刺激を求めていた。


ある日曜の昼、散歩がてら高橋は近所の神社に参拝した。

(どんな小さな事でも良いので、何か面白い事が起こりますように)

そんなお願いをした帰り道、高橋は四つ葉のクローバーを手に入れた。

(…ありがとさん神様。有り難く受け取っとくよ)

高橋は内ポケットにクローバーをしまうと家路についた。


小さな幸せを手に入れた高橋の一日は終わった。

そして日が明けて、めでたく高橋は29歳の誕生日を迎えた。
[65] イケメン
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034:イケメン 
【雅】


ヴーン ヴーン ヴーン ヴーン…

ある日の日曜の昼、部屋でくつろいでいると、机の上のケータイのバイブ音が鳴った。

着信を見ると、高校の同級生の柏木からだった。

俺と柏木は無二の親友だったが、大学、社会人と、お互いに忙しくなるにつれ、だんだん疎遠になっていっていた。

「もしもし?久し振りだなぁ。元気だったか?」

「あぁ、久し振り…。あのさ。これから、会えないかな…?」

「良いけど。どうした?何かあったか?」

「ん、まぁな。ちょっと相談と言うか…」

「良いよ。俺で良かったら力になるよ。駅前の○○に2時でどうだい?」

「ありがとう、悪いな。じゃあ、2時に○○で」

そして2時。俺と柏木は、久し振りに顔を合わせた。

「よ!どうしたんだ?何かあったのか?」

久し振りに見た柏木は、どこかひどく気疲れしている様に見えた。

柏木は俯き加減で話し始めた。

「あのさ。ウチの高校の近くに、女の幽霊が出るって言う噂の家があったじゃない?」

「あぁ、確か容姿の事で散々いじめられた挙げ句、自殺した女の子が出るって奴だろ?あったなぁ、そんな家」

「うん。それでさ。横山を誘って、肝試しに行ったんだ」

「横山!!懐かしいなぁ…。顔は良いわ、性格は良いわ。勉強も運動も出来るって完璧超人だろ?男からしたらイヤな奴だっt

「亡くなったんだ」

「え?」

「亡くなったんだよ、横山。肝試し行った翌日に。朝、見たら亡くなってたらしいんだ」

「嘘だろ…?」

「俺だって信じたくないよ…。だって、あの家に行った翌日に亡くなるなんて、タイミングが…。俺が、誘いな、んて…しなければ…。俺の、せい、で、亡くなったかも、しれない、なんて。誰にも、言えなくて…」

柏木の声は震え、目にはジワッと涙が浮かんでいる。

「え、あ、いや、ほら。偶然かも、しれないじゃない?そんなに自分を責めるなよ…」

「違うよ。偶然じゃない。横山はアイツに連れてかれたんだ…。あれ以来、あの家で幽霊が出たって話、聞かなくなったもの…。満足して、成仏したのかなって…。横山ってイケメンだし優しいから、幽霊にまで気に入られたのかな…。なんて…」

涙をこらえながら語る柏木に、俺は上手い相槌が打ってなかった。

「それに…。わざとだったんだ。横山を誘ったの」

「え?」




「俺…横山に嫉妬してたんだ…。お前がさっき言ってた通りさ。完璧超人で、嫌な奴だったよ…。あの家へ行く時だってきっと俺、知らず知らずに、あの幽霊が何を求めているのか見当がついてたんだ…。だから親友のお前を差し置いて、横山を誘ったんだ!!そんな自分が…怖くてさ…」

「柏木…」

下を向いて泣きじゃくる柏木。
今まで、人の陰口などたたいた事のない柏木自身の陰の部分に、俺は衝撃を受けた。

幽霊の事、横山の死、柏木の闇。
いつの間にか走っているこの鳥肌は、一体どれが原因だろう?

「…まぁ、こう考えたらどうだ?横山はその幽霊を身を呈して救ったって…。そうだ。横山は、あの家の噂を知ってたのか?」

「うん…知ってたよ?」

「なら絶対そうだよ!アイツは望んで少女を天国へ連れて行ってあげたんだ!アイツならやりかねない!…全く、死に際までイケメンかよ。だから、お前は何も悪くない!安心しろ!!逆にめそめそしてたら、横山が悲しむぜ?」

「ふふっ…そうか、そうかな…?」

「そうだよ!だから、元気だせよ!な!?」

必死の励ましの甲斐もあって、やっと柏木に笑みがこぼれた。
良かった…。これで追い込まれて柏木まで死んだら、俺の心が死んでしまう。


「ありがとう。お前に相談して良かったよ。久し振りに顔も見られたし嬉しかった。また今度、改めて会おう」

「おう!力になれて良かったぜ!!」




こうして柏木と別れた俺は、帰り際に例の家をよる事した。

実際に建物を目にするのは約5年振りだ。
確かに幽霊屋敷と言われていた頃に比べ、こざっぱりした印象がある。

俺が家を眺めていると、近くを二人組の学生が通りがかった。

「なぁ、あの家知ってるか?」

「え?何かあるの?」

「物凄いイケメンの幽霊が出るらしいぜ?」




え?
[63] 感想
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Re:感想
【雅】


>>たゆたうさん


31:完全社会主義

こういうぶっ飛んだ作品、何か久し振りで嬉しいです( ̄∀ ̄)


33:cow

そして正反対の雰囲気を持つこの作品。

幅広く話を書ける書き手さんに憧れます…。


もしかして、この牛って Pink Floyd の原子心母(1971)のジャケットの牛…ですか?


>>ワイキキさん

この話、私好きですね(^∀^)


人々の頭の中でぽっと出ては消えていく「歌」を売っていると言うのは良いアイデアだと思いましたb
[62] 感想
※奇妙掲示板より移転

感想
【プーランク】

23.【世の中の外】
続きがとても気になります。
あと、かなりどうでもいい事ですが、「神だ」がモンスターエンジンで実写化されました。

31.【完全社会主義】
スターリンとリンカーンの夢の共演を踏み台に、岡田真澄のイメージ検索でむせ返りました。

32.【歌屋】
いいですねこの作品。最後の一言「いい歌じゃないか」が、儚いというか、余韻を残していて特に好きです。ギミック系が多い(私の勝手なイメージです)ワイキキさんの作品としては新鮮でした。
[61] cow
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33:cow
【たゆたう】

「この歌は、何ていう歌なんだい?」

畜産農家を営む父親の手伝って、牛に干し草を与えているとき、牛から話し掛けられた。

「メタルグルって云う大昔の歌……だけど……」

勿論、誰でもそうだと思うが、初めて牛と話した。

「なんかいいね。いつも流れてるゆったりとした音楽も好きだけど――」

父親がリラックスさせると肉質が良くなると聞いて、牛舎で流してるモーツァルトのことだろう。父親がいないときは、こっそりと自分の好きな音楽をかけていた。

それから、牛と音楽を介しての奇妙な交流が始まった。特に彼が気に入ったのはthe la's/there she goes だった。これを流すと決まって、大きなお尻をふりふり。

当時の僕は、離れを与えられていた。周りは見渡す限り自然しかない環境なので、夜になると暇をもて余していた。初めて僕の部屋に入れるのは、まだ見ぬ彼女と決めていたのに、それがまさか牛になるとは思わなかったのも事実。

牛は、気さくで好奇心旺盛な奴であった。ギターを見ては「これで弾いてるのか」と感心し、アンプを見ては首をひねり、レコードの棚を見てはレコードを食べようとした。

そんな牛の後ろ姿をみながらアーモンドのチョコレートをカリッとかじる。

牛は気取り、ゆっくりと振り返った。

「何食べてるんだい?」

「アーモンドのチョコレートだよ」

「どんな味がするんだい?」

興味津々な牛。

「とても甘くて美味しいよ」

「なんだ甘いのか。甘いのは苦手でね。干し草が一番おいしいよ。これは譲れないね」

僕は、遠慮しとくよ、とだけ言いクスリと笑った。

それからというもの、夜な夜な離れで、音楽を聞いたり、ギターを弾かされて、それにあわせて牛が唄うことが日課になる。

「ねぇ、僕は牛だけど、心の奥底にメラメラとロックの魂が宿っていることに気づいたんだ。残念ながら僕は、ギターを爪弾くことはできない。だから、君に僕が唄うメロディを起こして欲しいんだ――」

熱弁すると、少し面映い表情を見せた。

僕は快く承諾はしてみたものの、牛と曲を仕上げるのには数ヶ月かかった。出来上がった曲は、所々ヘンテコで調子外れなメロディで、不思議な歌。

「有り難う――これだよこれ。頭の中に流れていた歌になったよ」

どういたしまして。それから、次の春までに何曲か録音した。



そして春になり、その時が来てしまう。

いつものように夜は、牛と離れ にいた。終わりが来ることは分かっていたものの、いざとなると何も言えなくなってしまう僕。無口になってしまう僕。

沈黙を切り裂いたのは牛だった。

「何となく理解してるつもりだからさ、普段通りの君でいてくれないかい?」

牛も馬鹿じゃない。何となく分かっている。

「あ……うん……」

牛に気を遣われてますます萎縮してしまう。

「今日も二人で作った歌を練習しないかい?レコードデビューに向けてね――」

嘯く牛。

「……分かった」

ぎこちない笑顔で対応するのが精一杯。それから五曲の歌を練習し、また沈黙が流れた。

突然、視線を合わせないようにする僕の視界にその大きな体躯が飛び込んできた。

「あのアーモンドのチョコレートってやつを1つ、僕にくれやしないかい?」

「いいけど、とっても甘いよ」

「なあに、一度食べてみたいと思ってね。頼むよ――」


離れのドアを開けると、僕はひとり、母屋にあるアーモンドのチョコレートを取りに向かった。

春とはいえ外は、凛としてまだ肌寒かったのを、今も覚えている――。

[60] 歌屋
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32:歌屋
【ワイキキ】

久し振りに散歩をしていたら「歌屋」という店をみつけた。
ドアには商い中の文字。その横には「歌あります」と張り紙がしてあった。
気になったので早速中に入ってみた。
歌屋とは店名で、きっと楽器屋とかだろうと思ったが店内に置いていた商品は、というより商品なのだろうか?
置いていたのは
古いノート
くしゃくしゃになった紙切れ
汚いギターとホッチキスで止めた楽譜のようなもの

他にもいろいろあるがとても商品とは思えなかった。
実はまだちゃんと開店していないのかと思い店内にいる唯一の男に聞いてみた。
「あの、失礼ですがこの店は何屋なんですか?」
「えっ!張り紙が剥がれてたかな...」
どうやらこの男が店長のようだ。
男はちょっと失礼と言いながら店から出て行き、すぐに戻ってきた。
「なんだ、ちゃんと張り紙付いてるじゃないですか。張り紙に書いているとおりうちは歌屋です。」
「でも売ってるのは...」
「歌ですよ。」
この男は何を言ってるんだ?
おや、客が入ってきた。
ってミュージシャンの坂木さんじゃないか!
坂木さんはジャズやポップや演歌と様々なジャンルに手を出しており、多才なミュージシャンとして名高く、ファンも10代から70代と幅広い
その坂木がこんな店に何をしに来たんだろうか?

「おやおや坂木さん、久し振りですね。」
「そうですね。ところで注文の品は入ってますか?」
「はい、高校生の書いたラブソングですね。」
「おぉ、ありがとう。」

なんてこった。坂木さんは盗作をしていたのか!

「ありがとうございました。また来てくださいね。」
「すいません。こういうのってまずいんじゃないんですか?」「え?」
「だって、高校生の書いたラブソングって言ってましたよね。それって盗作ですよね?」
店長は鷹揚に笑い、言った。
「盗作ではありません。この店にある歌は捨てられた歌なんです。ノートに書いたけど恥ずかしくて捨てたり、勢いで作曲したものの良くなかったとかで捨てられた歌とかなんです。」
「じゃあ、この汚いノートも」「そうです。それは当店で最も高い品です。なんせ一冊で一つの歌なんです。たしか代は「一年」で365番までありましたよ。」
店長は天井の隅を見つめながらいった。
「この店では日の目を見ない歌を扱っているんです。今日もまた新しい歌ができたようです。」
不思議な店だった
俺は100円で買った鼻歌を歌いながら帰路についた。
いい歌じゃないか
[59] 完全社会主義ヒーロー☆フーリッシュイワン
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31:完全社会主義ヒーロー☆フーリッシュイワン
【たゆたう】

ガガーリンは、ネオモスクワの何処にでもいるような平均的な青年である。勿論、ここは、完全社会主義であるから、突出したイケメンは全員粛清され、全員平均顔なのだ。平等は素敵。素敵は平等に。


ガガーリンは今日も、喫茶「ミール」のマスター・ブレジネフのおやっさんと昼間からウォッカを浴びるように呑んでいた。

「ガガーリンもマスターも昼間っから飲みすぎよ」

二人の身体を気遣うのはテレシコワちゃん。店の看板娘である。

「アネクトードはそこまでよ。マスターも店開けないでガガーリンと飲んでいるから、開店待ちで外で並んでいたお客様が、凍死しちゃったじゃない」

「あはは。またやっちまったな。こりゃいけねぇいけねぇ」

「それより、テレシコワちゃんウォッカないの?」

「もうないのガガーリン。でもメチルアルコールなら有るけど」

「持ってきてよ」

室内のテレビから、不穏なNEWSが流れてきた。最近、悪の組織「アメリケン」の民主主義的破壊活動で平等が保てなくなりつつあるのだ。今日はクリムゾン広場で広報活動テロをしているらしい。

おやっさんの目が不気味に光る。

「ガガーリン!秘密特権階級スターリン隊長から出動命令が出た――ゆけ!完全社会主義ヒーロー☆フーリッシュイワン!」

「ボルシチ&ピロシキ」


フーリッシュイワンのテーマ
作詞ドストエフスキー
作曲チャイコフスキー

♪スターリンの指導のもと、五ヵ年ヒーロー養成計画でシベリアの奥地で養成された~フーリッシュイワン!フーリッシュイワン!

集められた数万人の頂点にたったガガーリンはスーパーヒーローなのさ~(負けた同士は粛清だ!やあ)

民主主義からネオモスクワを守る為~今日もサンボに磨きをかける~

くらえロシアンピストル!(6発中5発は外れ)

くらえバトルコサックキック(腰にくる)

くらえスプートニクアタック(村上春樹のスプートニクの恋人はなんか嫌い)

棚引く真っ赤なプラトークは正義の証~

おお~フーリッシュイワン!フーリッシュイワン!



クリムゾン広場に行くと、悪のアメリケンが民主主義をごり押ししていた。

「そうはさせないぞ!変身フーリッシュイワン!」

ガガーリンはマトリョーシカシステムを搭載した変身ベルトのボタンを押すために、マトリョーシカを解体し始めた。非常に時間がかかるシステムなのだ。

――数分後変身完了

「ファッキン完全社会主義は滅びるのデース!召喚ドッグカントリー(日本)」

アメリケンの操るドッグカントリーはアメリケンにとって都合のいい関係なのだ!

噛み付かれたフーリッシュイワン。負けじとパブロフドッグを召喚。相殺。

「やりますね。そろそろ本気をだしますよ。きたれ巨大ロボ・スーパーニクソン」

ニクソンとは民主主義史上一番偉大な大統領。

「スターリン隊長!こちらも巨大ロボ・メタルレーニンの出動を要請します!」


赤の広場で対峙する二大ロボ。

口火を切ったのはフーリッシュイワン操るメタルレーニンであった。

「先手必勝、くらえツングースカ爆裂拳」

爆発音とともにパンチをお見舞いしたがニクソンに傷1つつけられないどころか、レーニンは燃えやすい素材でできていたので自爆した。メタルとは名ばかりなのだ。辛くもフーリッシュイワンは無事脱出。

丸裸にされた生身のフーリッシュイワン!大ピンチ。

「フーリッシュイワンもここまでのようだな」

むかつく面のニクソンロボは高良かにいい放った。勝利の女神はアメリケンに微笑むのか?

肩で大きく息をするフーリッシュイワン。

「これだけは繰り出したくはなかったが仕方ない――最終必殺技!コルホーズアタック」

コルホーズアタックとはそこら辺の労働者を強制的に多数集めて、特攻させる、完全社会主義の命の軽さを利用した必殺技なのだ!拒否した場合はシベリア収容施設行きだ。

「うわわ!踏み潰せない踏み潰せない!人権が人権があああ!謀ったなフーリッシュイワン。覚えていろ」

ニクソンはそそくさと撤退した。

僕らのフーリッシュイワンは勝利した。有り難う感謝しますフーリッシュイワン。


――その頃アメリケン大陸

悪の民主主義アメリケン総統・リンカーンはほくそ笑みながら語っていた。

「またしてもフーリッシュイワンにしてやられたか。まあいいこちらも埋伏の毒は盛ってある……ふふふ。なあ、スターリン」

テレビ電話の向こうではスターリンが不気味に笑っていた。

そう、ガガーリンが慕う現在のスターリンは、アメリケンから送り込まれたスパイ・岡田真澄にいつの間にか入れ替わっていたのだった。恐るべし岡田真澄。


だが、これは仕方ない。ガガーリンでもブレジネフのおやっさんでも気づけない。それほど似ているのだ!

がんばれフーリッシュイワン!
―――――――――――
お題の歌で作成
[58] お題でショートショート
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お題でショートショート
【たゆたう】

ワイキキさん有り難うございます。


それでは、ショートショートお題は「歌」でお願いします。
期間は今日から一週間で。


よろしくね
[57] 実は....
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29:実は....
【ワイキキ】

「携帯鳴ってんで」

「え、あぁほんまや。もしもーし、おお、なに?はぁ~、そんでどうなったん?マジかよ!はははは!やばいやろ!へー、ん?あぁええよ、じゃあどうする?来週かぁ....えぇよ、んじゃあね」

「誰から?たかちゃんか?」


「実は.......間違い電話」

実話
[55] お母さん
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27:お母さん
【ワイキキ】

「お母さんお腹すいた」

「冷蔵庫の中をみなさい」

「お母さんお皿どこ?」

「戸棚の中をみなさい」

「お母さんフォークどこ?」

「引き出しをあけてみなさい」
「お母さんお父さん帰って来るの遅いね」


「押し入れの中をみなさい」
[54] 【感謝】新広場のお知らせ
おかげさまで当広場は容量オーバーに達しました。新しい投稿は広場part2でお願いいたします。
http://tentuu.net/?no=558
[53] 怖がり
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25:怖がり
【ワイキキ】
あれは今から2年位前のことだったか
あれは僕が中学2年の時の話

友達がいなかったわけではないがテレビはニュースしか見ない僕は学校で友達とあまり会話がなかった
中2の時の話題ってのは猥談かテレビドラマだった(僕の学校だけ?)
僕はテレビを見ない分ネットをしていた
主に怖い話や都市伝説を見ていた
怖がりな僕は怖い話とかに詳しかった
怖がりなのに何故読むかというと、読むこと自体は全然怖くないのだが、実際に心霊現象や怪奇現象に巻き込まれるのが怖かったのだ
だから怖い話を読んでそんな現象が起きても大丈夫なように疑似体験?というか対処方法を学んでいたのである(学ぶ?)
まぁでもやっぱり怪奇現象に遭うことなんてなかった....あの日までは

僕はいつものように自転車に乗り鼻歌を歌いながら学校から帰っていた
人が横を通るので鼻歌を止めた
その時だった

ぽぽぽぽ....

僕は驚いて振り向いたが既にそこに人影はなかった...
八尺様だ....
僕は自転車をぶっ飛ばして家に帰り、転がるように二階に上がり(転がるように二階に上がるってなんだろうか?)自分の部屋に入り布団にくるまった

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい......!

僕は布団の中でガタガタ震えていた
窓の外を見るといつの間にか夜になっていた
部屋は静まり返っていた
唯一の音は下の階にいる親の笑い声である
うちの家族はテレビを大音量にして笑い声も大音量だから二階にいても静かにしてたら一階のテレビの音と笑い声が聞こえてくる
すると、不意に誰かがドアを叩いた

ご飯よ~出てきなさい

母の声だが
八尺様に違いない!

もう、晩ご飯抜きだからね!

よし、やっと行ったか
すると一階からある声が聞こえてきた

ぽぽぽぽ.....

くそ!
家の中にも入ってきたのか!
頑張れ
頑張るんだ俺!



朦朧とした意識のまま朝を迎えた

朝だ....
俺は勝ったんだ....
俺は八尺様に勝ったんだ!

超後日談
あれから2年か
今じゃ超テレビっ子でネットはからっきし
今やぽぽぽぽと言ったら八尺様じゃなくてACだ
あれは本当に八尺様だったんだろうか
[52] comeback妹感想
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comeback妹感想
【ウオッカ】
comeback妹

なんとなく、オチは読めてしまうのですが。妹が可愛いから良しとします☆妹さんのセリフが可愛いじゃないか。妹のセリフとお兄ちゃんのモノローグは、行を分けるとより読みやすいですよ。


さて、ここでも誰かおっしゃってましたが、ワイキキさんの作品はセリフが多く、ラノべ的であるとかなんとか。

で、ここからこの作品というより、もっと全体的な話ですが、

なんだかんだ言って、会話だけで話が進むのって、本当はとても難しいのです。私なんか無理だもん。会話って本当に難しい。

個々のキャラクターをしっかりたてなければいけません。どんな性格でどんな口癖で、会話だけで個々のセリフが誰かちゃんとわかり、個々の性格も読み取れ、会話の流れで話が分かる。

それがちゃんと書けると、凄いと思います。

ラノべの前身はコバルト文庫あたりかと思いますが、かつてここで書いていた氷室冴子さんは会話が上手でしたね。

会話が作風の特徴なら、会話を極めれば良いのさ。ワイキキさんは会話が上手いなあ……と、言わせれば良いのさ。

そうすると、魅力的な『ワイキキさん流』になると思います。

個々のキャラクターのバックボーンをしっかり掘り下げて、会話を活かして下さいませ。

そういえば、ラノべではないけれど小路幸也さんの『東京バンドワゴン』シリーズの大家族での食事シーンは圧巻ですよ。延々とセリフが続くけど、誰が言ってるかちゃんと分かる。

さて、ラノべ的なというのは、ポジティブにとらえれば『分かりやすさ』でもあります。セリフはチャーミングに、セリフ以外の文章は、すっきり分かりやすく。

そんな話が書けたら最高ですよね。読みやすさは大切です。それをラノべ的というなら、もはや褒め言葉です。

沢山書いて、一歩一歩、目指して下さいな。焦らなくて良いから。

ファイト!
[51] ご縁に感謝いたします
コメント【[3669] ↓禿同】【[3671] ↓】【[3672]】【[3676] ↓】は接続元から判断して、全て同一人物による自作自演です。
彼はりんごあめさん・やまっち妻さんらに対して長期間に亘って粘着的に中傷を行ってきました。ほんの一例です【http://tentuu.net/blog-entry-734.html
一見、正論の指摘をしているようですが、読みようによっては投稿者への人格否定とも取れる文言を
複数のコメント者を装って執拗に繰り返しているため、通常の批評や正直な意見とは異質なものです。
次のターゲットはこげさんですね。投稿への感想に賛同という形で便乗してきました。

ただ投稿作品を楽しみたい他ユーザー様への阻害要因としても大きな問題で、見過ごすわけにはいきません。
現在まで100回以上の削除措置と再三警告もして参りましたので、明日より
コメント内容の正当性を問わず、この人物の書き込みは発見次第、削除いたします。
(投稿者様に読んでいただいた方が為になると判断した例外は、一定時間経過後に削除)
またこのような加害者を生み出してしまったのは、当サイトが発信する一部情報の悪影響もあり、申し訳なく思います。
彼には一日も早く匿名を盾に他者を貶める習慣を断ち切り、その有能さを実りある時間に使えるよう、お祈りしております。
合掌……
[50] 感想
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感想
【カリメロン】
感想(駆け足ですみません。あくまで感想です)


『名前』

アイディアはロマンチックで好きです。途中に挟まれた本筋でない挿話②③⑤は関係なさすぎて話を読み進むうえで障害になるかもしれません。『輪廻転生』という要素はもう少しキーワードが欲しかったかも。
アンドロイドの話はそれだけで一話作れそう。
これは名前『』をキーに連作短編にして、もっとがっちり書いたものを読みたいかも。


『カーティと船』

カーティは船に囚われた男ですか。もはや無用になったプログラム、H∧Lはただ使命を遂行していく。育てる人間がいなくなったH∧Lは、プログラムの進行のためにカーティを無限に生み出していく。そんな風に思いました。


『comeback妹』

シスコン兄の話。妹が死んだと思わせといて修学旅行に行っていただけというオチでしょうけど、最後まで読むと、最初の『そんな馬鹿な会話ももう~』という部分が言い過ぎで違和感。妹が帰ってくる下りの時系列も少しおかしく感じました。妹はおバカでかわいい。


『肩凝り』

前半の大部分が不要。もっと短くできる気が。話はしょうもなくてちょっと好きかも。


『怖い話』

新聞を読んでいないことが『怖い話』。だと思ったら違った(笑)


『殺虫』

『肩凝り』と同じく、無駄な描写が多く感じました。あれだけ描写を割いていたので、虫じゃないのかと思ったら普通に虫。あまりに意味がない。オチもありきたり。意外性が欲しいです。


『自我』

オチに怪文書的含みがあったのは楽しいです。この人には統一的な人格というものはないのでしょうね。恐ろしや。


『LINBO』

世界感や登場人物、雰囲気は凄く好き。退廃的な町。男はなにかを抱え、日々を暮らし、情けなのか気まぐれなのか罪滅ぼしなのか、こどもに腕をやる。この話はもっと読んでみたい。というかたゆたうさんの話はもっと本格的に書き込み掘り下げ作りあげたものを読んでみたい、世界感がもったいないです。ファンのわがまま聞き流してください。


『世の中の外』

続きに期待。物語は次から動きだすのでしょうか?


『狼とアシュクロフト』


最後の数行が詩のようで、そこはとても気に入りました。
[49] 狼とアシュクロフト
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24:狼とアシュクロフト
【たゆたう】
「アシュクロフトさん。すみませんが、もう手術を続けることができません――」

担当の執刀医は、俺の腹を開いたまま無表情で告げた。

「ちょっとこのままでは困るね。せめて臓器を元通りにして縫合くらいしてくれ」

「それも無理なんです――御免なさい。戻し方もわかりません」

そんな馬鹿な。俺は、側にいたナースにすがるような目付きで訴えかけた。しかし、すっと視線を避けられる。そして、そのまま二人はそそくさと手術室から居なくなった。

いつまでも手術台に横たわっているわけにもいかず、仕方なしに手探りでトレイに置いてある自分の臓器を腹に入れてみた。だが、どうやっても1つだけ臓器が余る。まあ、細かい事とパズルは元来苦手な質なので、余った臓器は御縁が無かったということにして放置することにした。

手術室を出ると、そこは深い森の中。臓物が出ないように両手で腹部の皮を押さえながら歩く。

小鳥の囀ずる静かな湖の畔で、赤い頭巾をかぶった女が狼の腹を乱暴に縫っているところに出会した。愉しそうな彼女に、ひとつ俺の腹も序でに縫ってくれないかと頼んだ。

「どうかな? 手伝ってくれたらいいよ」

「何を手伝えばいい?」

「この狼を湖に沈めるんだよ。1人だとどうも腰にきてね」

「わかった。でもどうしてこの狼は、腹に石を入れられて湖に沈められなきゃならないんだ? よかったら教えてくれないか?」

まあ、こいつの婆さんでも喰ってしまって、お仕置きでもされるのだろうと踏んだ。

「ただの趣味だ――」

俺は、サデスティックな趣味に驚いた。それから、蒼く澄んだ湖の底を覗くと、無数の狼の面が見えた。よくもまあ、こんなに沈めたもんだと寒心した。

でも、背に腹は代えられない。腹を縫ってもらうためには、この手も汚さなければならない。名もなき狼を湖に沈める手伝いをした。

ボチャーン


また一匹、狼が湖の底に沈んだ。

フリフリの赤いワンピースを両手でパンパンと叩きながら、女は言った。

「ふぅ、終わり。で、あんたの腹を縫う番だけど、生憎、さっきの針はもう駄目になったから、家まで取りに行くよ」

俺は言われるがまま、鼻唄混じりで踊るように歩みを進める赤い頭巾の女の後をとぼとぼ歩いた。

深い森を踊ってすり抜け、やがて海岸に出た。海岸線を眺めながら歩いていると赤頭巾の女の家らしき建物が見えた。寂しい場末のバーのような佇まいだった。

「じゃあ今から、針と糸を取ってくるから、海水で腹のなかでも洗ってきなよ」

「そうするよ」

砂浜で内臓を洗おうとしたけど、素人目に見て、臓物はコバエがたかり、臭いもきつく、駄目になっていた。残念だ。そのまま魚の餌にした。

息を切らせながら裁縫道具を持っきた赤頭巾の女にも事情を話した。

「そっか残念だ。取り敢えず縫っとくよ」

二人の間に沈黙が流れた。縫合が終わり恐る恐る訊いてみる。

「もってどれくらいだと思う?」

「明日の朝陽は拝めないかもね。最期に何かしたいことある?」

別に何もなかったのでお任せした。手を引かれて連れて行かれたのは、ネオン管できらびやかに彩られたクラブ『グランマ』。

屈強な兎のボディーガードのチェックを終えると、電飾と原色で色どられた室内に通された。そこでは、音楽に合わせて猪や鹿、馬などがテカテカのエナメルのスーツを着て艶かしく踊っていた。

席に座るとお酒が出てきた。飲みながら、あれこれ眺めていたら、いつの間にか女の姿がない。

「ねぇ、朝まで踊らない?」

背後から声をかけられた。

そこには、黒いエナメルの服に着替えた赤頭巾の女がいた。

くるくると回るミラーボールに照らされて、ぴったりとフィットしたエナメルから浮き出る魅惑のヒップライン。豊満なバスト。濡れた赤い唇。

堪らず、俺が席から立ち上がると、「狼の被り物」を突きつけられた。

「これがあると私……興奮しちゃうの」

興奮する女の手から、被り物を受け取り被る瞬間、俺は何と無く分かっていた。

変装はしているものの、DJブースでさっきの執刀医とナースが仲良くターンテーブルを回しているのが見えたんだもの。

もうこの際、嘘でも罠でもいい、最期まで優しく騙してくれるなら、ってね。

お尻ぐらい撫でさせておくれ。胸だって触ってやる。そして、君と何もかも忘れて朝まで躍り狂うって誓うよ。


どのみち、腹の中に石をたんまり詰められて、あの湖の底に沈むんだからさ。他の間抜けな連中のようにね――





解説
以前再生工場にあったお題の赤ずきんちゃんで作ったやつです
[48] 世の中の外(前)
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023:世の中の外(前)
【雅】

ボロい安アパートの、ロクに掃除もされていない一室。
遠くで鳴る救急車のサイレンで、男は目を覚ました。
自らの意志で起きられず、酷く目覚めが悪い。

砂なのかホコリなのか、ザラザラの畳の上、寝っ転がったまま、男は辺りを見回した。
外は夕陽で染まり、段々と夜の帳が降りようとしていた。
頭はモヤがかりスッキリしない。
腹も減ってる気分だし、いつの間に眠っていたのか、記憶がハッキリしない。
右手に握られ、残りが染みとなって畳を汚している酒瓶や、頭上やテーブルに転がった空き缶を見るに、どうやら飲み過ぎた挙げ句、眠りこけたようだ。

男は重たい頭を持ち上げ、むっくりと起き上がりTVをつけた。
ゴーストの酷い映像は、ニュースを映し出した。
ニュースの話題は景気。不況によるリストラなど、社会状況に関する事だった。
男はすぐさまTVを消すと、酒瓶を思い切りぶつけ、また畳に倒れ込んだ。


男も1ヶ月前、リストラにあっていた。
残酷なものだ。職を失った途端、妻に離婚届を突き付けられると、殆ど身一つで、家を追い出されてしまった。

それからと言うもの、やっと見つけたこのアパートで、酒に溺れた、半ば世捨て人のような暮らしをしている。


男は常々考えていた。

-このまま酒で体を壊せて死ねたら-

と。

静寂しかない部屋の中、男は大の字で寝っ転がったまま、ボーっと天井を眺めていた。
すると、ふと目の前が歪み始めた。

(いよいよ身体がおかしくなったか?)

などと思っていると、霞のような薄い光が現れた。
光はグニャグニャと徐々に形を変え、それは“人”になった。

男はただ、それを見つめ続けた。

口を開いたのは、それの方だった。

「驚かないのか?」

男は表情を変える事なく、口だけ動かして言った。

「一応聞く。誰だ」

ここ1ヶ月、人との交流が途絶えた生活をしている男の言葉には、感情と言うものが微塵も感じられなかった。

それも男の態度に合わせるかのように、素っ気なく答えた。

「神だ」

部屋に静寂が戻った。
気が付けば、外はすっかり夜になっていた。




続く
[47] LINBO
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22・LINBO
【たゆたう】
昨晩、ジーザスが夢の中に出てきてこう言っていた。

「ヴィンセント、貴方を許してないのは、貴方自身だけ」


んなこと知るかよ――


掃き溜めみたいな鉄屑の町の安宿で、また目が覚めた。煙草に火をつけて、一度も掃除されていないであろう窓から、外を眺める。

タールのようなどす黒い雲に覆われて、いつものように雨。どしゃ降りの雨。

それから宿を出て、近くのスーパーマーケットへ向かう。

この町の住人は、道を譲るという事がない。肩にバンバンぶつかってくる。謝罪もないし、お互い倒れてしまわないように、足を踏ん張るだけ。

途中、無造作に路上に置かれた円卓を囲んだ中年の三人組がいた。その内の1人がショットガンで自らの頭をふっ飛ばした。背後の閉まった店のシャッターに脳髄が綺麗に飛び散る。彼の命懸けのアート。周りの野次馬は、拍手喝采。

両隣の中年も、アートを披露しなければならない雰囲気が漂う。口にくわえた銃口と歯がカチカチ鳴る。

先を急いで通り過ぎたころ、背後から乾いた銃声が2発鳴った。

歩き続けること数分、漸くウォルマートを模倣した何処かのスーパーマーケットを模倣したかのような胡散臭い建物が見えてきた。

――スーパーマーケットに着いた。

入口の傍らで、何やら聞き覚えのない宗教の狂信的な信者が喚き散らしていた。とにかく五月蝿い。

無視して店内にに入る。

雨に濡れた俺から臭うのか、照明も満足に無く、腐った肉を並べているこのスーパーマーケットから臭うのか、湿った獣のような臭いがする。

店内を物色する俺を客と店員は、まるで犬を見るような目付きで睨みつける。

適当な煙草1カートンとバーボンを選んでレジ買うと、紙袋に入れてくれた。全く酷い嫌がらせだ。

スーパーマーケットを出ると、先程の信者は、吊るされて汚物を撒き散らしていた。酷い臭いが鼻にまとわりついた。

暫く歩くと、目の前に「蜘蛛の糸」が垂れ下がって来た。どす黒い空からぽっかりと光が射していて、そこから垂れ下がっているようだった。

直感的に、これに掴まれば、何処かましなところに行ける気がした。

だが、するりと避けて、そのまま石畳のストリートに戻った。

雨は、激しさを増す。一体、いつから雨は降ってるんだろうか? 考えた事もなかった。そういえば、この硝煙臭い鉄屑の町に来てから、晴れの日に陽射しで背中を焼かれた事もない。太陽は燃え尽きたのだろうか?

そんなことを考えながら、シャッターに花開いた美しい脳髄アート達の脇も通り過ぎた。

この付近。さっき人だかりで、気付かなかったが、両腕の無いガキが、空き缶を置いてものごいをしていた。

すると突然、空から光が射して一本の「蜘蛛の糸」が少年と俺の間に垂れ下がってきた。

「凄い皮肉もあったもんだ――」


――宿に戻った

ゴミみたいな宿泊費のこの宿は、売春婦の溜まり場で、黴臭く、不衛生極まりない。

4階の部屋のドアの前まで来ると、鍵を無くした事に気が付いたが、ドアは開いていた。

「やれやれ――」

盗む物なんてないのに荒らされた部屋と、それを気にも止めないで泊まり続ける俺自身、もしも秤にかけたとしてもどっちもどっちだ。

そして、おもむろににテレビをつけ、ベッドに腰掛け、如何わしいペイチャンネルを観ながら、自慰でもしようとした。


「あっ……」


思わず声を洩らしてしまう。
そういえば、俺の右腕はさっきのガキにあげたんだったな――諦めよう。

右袖の膨らみを無くしたまま、硝子の割られた窓際まで行くと、煙草をふかした。

また仰々しく、空から光と共に「蜘蛛の糸」が垂れ下がってきた。誰なんだ? 垂らしているのは。全くもって、お節介で嫌みな奴。


「なあ、あんた。俺は好きでここにいるんだ。だから、放っといてくれよ――」


そんな事を知ってか知らずか、窓の外をゆらゆらと「蜘蛛の糸」は、ただ揺れ続けた。
[46] Re:Re:自我
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Re:自我感想
【プーランク】
ありがとうございます。ほぼ感想を頂いた通りですが、実はもう一段、落ちが有ります。

最後の一言は誰が言ったのか。

眼兄弟のひそひそ話が聞こえる距離、そして香りが楽しみな部位。この物語の語り手は終始「鼻」なのです。つまり総合意識(主人格)は初めから存在していなかった、というわけです。


鼻の事は気付かれても、なくても、どっちでも良かったんですが、色々仕込みたくなるのは怪文書の癖ですね。自己満足です。

楽しめる話とはほど遠かったかな。次も批評ブーメランを覚悟で投稿します。
[45] Re:自我
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感想
【たゆたう】
21・自我

冒頭、一読してエイリアンハンド症候群かと思いました。しかし、違いました。このオチは「右脳と左脳まで喧嘩してたら、最後のセリフは誰?(どこが考えてる?)」てことでせうか?

自我が身体から抜けだした表現で飄々と各器官を批判していたらツッコめて楽しいとか、いろいろと考えましたけど、このオチの方がやはり含みがあっていいか。


ファイトクラブという映画の中にでてくる、廃屋の中に積まれた小説も「自分の各器官が意識を持つ」といったもので、それを彷彿させます。しかもこの映画のエンディングテーマは「where is my mind ?」前レスで話題にしたPIXIESの歌です。

こういう不思議さ加減が絶妙な話は好物です。
[44] Re:自我
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Re:自我
【雅】

主人公と言う一人の人間としての自我と、体の部位に宿った自我のせめぎ合い。
最終的に体を司る脳まで反発しあう始末。


ふと、多重人格に悩む人は、こう言う日常を過ごしているのかな。と思いました。

自分の意志を振り払って、頭の中の様々な自分が、口を出してくる…。
[43] 自我
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21.自我
【プーランク】
ティーカップを取ろうと右手が机に伸びた時、右手さんが突然こう言った。

「ちょっと待ってくれ。あなたは利き手だからと言って、近頃私を酷使しすぎている。左右を交互に使うようにいつも頼んでいるじゃないか」

右手さんの主張はもっともだ。
強く拳を握る右手は引っ込み、今度は左手が机に伸びた。すると左手さんも異を唱える。

「何を馬鹿なことを。得意なことは得意な奴にやらせとけばいいんだよ」

この発言を皮切りに僕の身体達は一斉に揉め出した。やれやれ、毎度の事ながら左右で対になっている部位は、どうしてこうも不仲な者が多いのか。


「いい加減にしろ!脳みそさんの言うことは絶対だと決まっているだろう!」

発言力に関しては流石。口さんの鶴の一声で、なんとか身体達はおさまった。


今度こそティーカップを、と思ったが、いくら待っても手が動き出さない。訝しく思っていると、情報通の眼兄弟がひそひそと教えてくれた。

「あと数分の辛抱だ。もうすぐ右脳と左脳の喧嘩が終わるから」

まったく。早く紅茶の香りを楽しみたいものだ。


-------
テーマは「自分とは何か」
[42] Re:SSの感想2
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Re:プーランクさん
【雅】

感想、どうもありがとうございます。


ここから『19:怖い話』の説明に入ります。
読みたくない方はスクロールしないでください。








この話のテーマは「いかに少ない言葉で、インパクトのある話を作れるか」でした。


返事をした男の言葉を詳しく描写すると

「(怖い話を読みたいなら)新聞(の三面記事)でも読めば?」

です。

「新聞には、恐ろしい事件や事故や災害の記事が毎日更新されて掲載されている。
怖い話を求めてるお前にはお誂え向きだろ?」
と言う皮肉を込めました。


しかし、この考えは読者には伝わりませんでした。
これは、言葉が足りなかったと言う事。
精進します。


これからも宜しくお願いします。
[41] SSの感想2
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SSの感想2
【プーランク】
16.【カーティと船】
これは新種生物の生産施設ということでしょうか?象人間カーティ。あるいは「HAL 9000」に掛けて「船」とは宇宙船のことで、チンパンジーに代わる知的動物を作って宇宙探査を行っている…?SFっぽくて夢がわきわき広がりました。

17.【comeback妹】
成長とは残酷だ、という解釈でいいのでしょうか。ミスリード系統としては面白いのですが、「仲が良かった兄妹」を示す描写がごちゃついてわかりにくく、最後の一文からも「拒絶」を読み取りにくいです。文章に口語文体が多用されているのも気になりました。良くも悪くもラノベっぽいです。

19.【怖い話】
深いですね。「新聞『でも』読めば?」という言い回しにする事で、皮肉っぽさや鬱陶しさを表現して、あの短い文章から暗に「空気を読め」と言わせている、と解釈していいのでしょうか。単純に「新聞を読め」という切り返しも面白く、表現の可能性を感じました。



気になった話だけを批評しました。愚民の戯言です。
全作者様、楽しませて頂きました。ありがとうございます。
[40] SSの感想1
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SSの感想1
【プーランク】
1.【最新の携帯専用】
今ではSkype等のインターネット電話も普及してるので、電話機能は携帯電話だけのものでは無くなっています。多様化しすぎて、もはや形態・形式上の違いしか無くなってきていますね。スマフォの出現に代表される様に、いずれ業界が統合する日が来るのかな~、と色々考えさせられた皮肉の効いた作品でした。

2.【喫茶K】
一、面白かったです。
二、最後まで読めました。
三、わかりやすかったです。
常識的に有り得ないのに「もしかしたら」という恐怖を感じる心と体の乖離。途中までは迫って来るものがあったんですが、最後の最後で「物語的に」綺麗にまとまり過ぎて少し拍子抜けしました。例えるなら、芸人の一発ギャグに対して笑いではなく拍手が巻き起こった感じです。全体の完成度は文句なし、面白かったです。

6.【閻魔様のため…】
空想色濃い世界観でありながら、人間臭い具体性をもって物語が進行するのは面白かったです。ギリシャ神話や北欧神話に通じますね。好きです。後は…ゴーマン人さんの感想がすごいですねこれは。

7.【証明】
パラドックスの題材は大好物です。突飛な設定と銃弾付きオッさんはシュールで楽しいんですが、落ちにもう少しインパクトが欲しかったかなと思います。

13.【化け物とTAPE】
達観と希望のせめぎ合い、日常に覆われた強烈な虚無を読んでいて感じました。片割れのシニカルな受け流しと、伸太郎の不器用な受け止めの対位法的書き方が見事です。雰囲気が個人的なツボ、1番好きです。
[39] 化け物とTAPE⑦
化け物とTAPE⑦
【たゆたう】
大学を卒業した伸太郎は、首から一眼レフを下げ、下町の原風景を撮影し、会社に寄稿するフリーのカメラマンになった。安い給料だが、あまり人と対面しない仕事だったので天職だと思っていた。

物凄く細い路地に入り込んだとき、熱心に塀の野良猫の写真をとっている女性にあった。ワンピースにカーディガンを羽織った、ポニーテールの女性はこちらにきづいた。

「写真撮られるんですか?」

くったくのない子猫のようなスマイルに伸太郎はいちころだった。

名前は……咲。そうあの咲ちゃん。まさかこんな入り組んだ路地裏で再会するなんて……。伸太郎の名前を聞いた咲の態度からいって伸太郎の事を覚えてはいない。

「随分本格的じゃない?仕事?」

「えーっ……違いますよ。趣味で。伸太郎さんは仕事ですか?」

「……まあね。仕事」

「凄いじゃないですか!教えて下さいよ」

「ああ」

それから二、三時間、咲と伸太郎は路地裏で風景を撮り続けた。

「もう帰るか」

「はい」

二人は来た道を戻るが違和感を覚える。

「こんな変に入り組んだ路地だったっけ?」

それでも進むと迷路のように路地は変化していた。

「私が来たときこんな塀ありませんでしたよ……」

咲の表情が曇る。

「あっちだ」

咲の右手を強引に奪うと、走りだした。

だが、迷路から抜け出すことはとうとう出来なかった。
そこで、迷路内で見つけたアパートに転がり込む。幸い家具家電付きだった。

咲も伸太郎も外出するときは、ザイルの紐で腰を結び、それを玄関に結んだ。

伸太郎は、風景を撮りパソコンで寄稿し、仕事を続け、咲は近くのスーパーで働いた。

二人の日常は、ごく自然にできあがっていた。そんな暮らしが暫く続いた、ある日の夕食。


「伸太郎君、ご飯できたよ」

「咲こっち来てごらん」

伸太郎は、自分が寄り掛かる黄昏れ色に染まる窓辺まで咲を呼んだ。

「うわ。かなり遠くまで迷路が広がっているね」

伸太郎はわかっていた。伸太郎と咲が、愛すれば愛するほど、迷路は拡大していく……。

「あたしたちもう戻れないのかな……」

少し悲しげな表情をする咲。伸太郎は、右手でぐっと引き寄せ言う




「……それもいい」




――ジリリリ――

けたたましい目覚まし

伸太郎はベッドから落ちた。

(……んあんあ……いてえ……朝か)

咲ちゃんとの生活が夢だった虚しさと同時に、それを遥かに上回るうれしさが伸太郎の中で爆発した。

寝起きのままの爆発ヘアーで窓辺に行き、近くにあった、ノートの切れ端をくるっとまるめて煙草状にすると、くわえながら言った。

「それもいい」


言った後の伸太郎は、顔から火を噴き、奇声をあげながら床を転がる。ゴロゴロ。頭にゴミが吸い付く。それを俯瞰視点でみていた片割れは

「モップって案外こういう馬鹿が開発したのかもね」

と思ったが、何度も一連の流れを繰り返すため伸太郎に問い質した。

『……それで「それもいい」って言いたいわけね……』

飽きれる片割れ

暫くすると、下から母親が朝食の準備が出来たから降りてこいとのこと。

伸太郎は顔を洗い、歯を磨き、食卓に向かうとき、いやな匂いがした。


――カレー――

母親はいつもカレーを作り過ぎる癖がある。しかも飽きた父親は大体、二日目にはカップラーメンにシフトする。残りを母親と伸太郎で食べるわけだから三食カレーが五日続く。

今回は更に大量に生産したらしく六日目である。伸太郎の中では、昨日にっくきカレー大魔神は退治したはずである。なのに……カレー。

「母ちゃん……んあ」

「何?伸太郎」



「……それも(う)いい」



そう言った瞬間、おつむの片割れは、凄い勢いで分身し言った。

「よかったな、チンカス言えたじゃないか!おめでとう!」

おめでとう!おめでとう!おめでとう!……

(ちょっと……違)

パチパチパチパチ

パーンパーン


学校に行き、家に帰るまでおつむの中のファンファーレは鳴りやまなかった。


(……んあ……んあ……やーめーてーくーれー……)
[38] 化け物とTAPE⑥
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化け物とTAPE⑥
【たゆたう】
おじさんが死んだ。


伸太郎のおじさんは、母親の歳の離れた弟で、夏になると家にカタナというバイクで遊びに来ていた。おじさんは長髪、すっとした顔立ちで、背の高い人であった。家に来ると、伸太郎を可愛がり、テレビゲームやプールなど、いろいろ遊んでくれた。ちょっと変わった人であり、笑い方が独特で、シャーシャーと笑うので伸太郎はちょっと怖かった。


そして、決まって夕方になると、トランクス一丁で伸太郎の部屋の窓辺に寄り掛かり、煙草を吹かしながら、取り留めの無いことを語ってくれた。


最後におじさんが来たのは、もうかれこれ6年前になる。そのとき、伸太郎は悲しみの渦中にいた。飼っていた猫の「佐藤」が死んだばかりだったから。伸太郎の事情を母親から聞いたおじさんは、夕方いつものように煙草をくわえながらトランクス一丁で静かに語り始めた。

「伸太郎、悲しみっていうのは、距離が遠いと冷静に言葉を投げ掛けられるが、近いと言葉はときに無力になる。だから今は、聞き流す程度で聞いてくれ」

伸太郎は、猫の話なのかなと身構えると同時に、トランクスからはみ出す、馬鹿でかいオイナリさんに目がいった。

「悲しみは、我が儘な子供みたいなもんだ。暴れ飽きたらいつか眠る。でもな、悲しみが大きいと、中にはなかなか眠らない子もいる」

おじさんのオイナリさんは、勝手にぐりぐり動いていた。伸太郎には衝撃である。

「そんな我が儘な子とは、上手に付き合って日々を過ごすしかない。ずっとね。いつか眠る日を信じてね」

おじさんは語り終えると伸太郎の頭をくしゃくしゃと両手で触り笑った。

その日の風呂で伸太郎は自分の柔らかいなりも勝手に動いてるのを確認し、人体の神秘を知る。

――――

家族でおじさんの通夜にかけつけた。死因は自殺。遺書に明確な理由は書いていない。


伸太郎はそっと、ナキガラを覗き込んだ。大分、髪が薄くなって、皺も増えたが確かにあの大好きなおじさん。


伸太郎は思う。

おじさんの我が儘な子供は、手強かったんだなあ、墓場まで連れて行くくらい、眠らない我が儘なくそガキだったんだなあ……と。

もう誰にもおじさんの思いを知ることも触ることもできないんだなあと思うと、少し胸の奥がキュッとした。


事情を知ったおつむの片割れはおじさんの頭を眺めて

「今じゃ、頭もオイナリさんみたいだな……」

と呟いた。

伸太郎は、独身だったおじさんの部屋から、形見分けとして、マラカスを貰った。理由は楽器だったから。実に単純である。


深夜、家に帰ると、伸太郎は窓辺に寄り掛かり、三日月を眺めながら、マラカスを振る。

「シャカシャカ……」

なんとなく、伸太郎が苦手なおじさんの笑い声のように聞こえた。

それを見ていた片割れは、

「チンカスだけにマ……」

と言いかけ、静かに眠った振りをした。
[37] 化け物とTAPE⑤
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化け物とTAPE⑤
【たゆたう】
小学生の頃、伸太郎は、どうしてもしてみたいことがあった。

体育の持久走とき、走る前にクラスメイトの仲良し同士の一部ではこんな約束が交わされていた。

「一緒に走ろうね」

伸太郎には、タイムを競う持久走で、何故こんな約束が交わされるか、理解に苦しんだ。

そして、だいたいどちらかが裏切り、先にゴールしてしまうことにも。

だが同時に、友達と約束をしたこともなかった伸太郎は、約束を反古されることもないのだなと思うと、羨ましくもあった。


朝から、やたらと犬が吠える日だった。高校のクラス朝会で編入生が紹介された。名前は「たすく」で、少し背が低く、内股歩きの男の子であった。


一週間しても、たすくは、うまくクラスには馴染めない。休み時間は、机に突っ伏してヘッドフォンをしている伸太郎、黒板の前の席でもじもじしているたすく、その他が和気藹々といった縮図が自然と出来上がる。

伸太郎は、そんなたすくが少し気になり、顔を上げチラリと視線をやった。

向こうもチラリとこちらを見た。


やばい

焦った伸太郎は急いで突っ伏した。もう一度気になり顔をあげた時だった。

「やあ……伸太郎君。どんな音楽を聴いてるの?」

忍者のごとく、すでに目の前にいた。

それをきっかけに、休み時間になるとたすくは、頼まれもしないのに伸太郎に古今東西の音楽の話をしてきた。勿論、伸太郎は机の木の匂いを嗅いだままの姿勢で、ときおり、コクリと頷くくらいだった。

それから自然と、たすくはCDを貸してくれるようになった。たすくが貸してくれる音楽は新鮮で、まるで心の中のドアを一枚、また一枚と開け放してくれるようであった。

朝、伸太郎は借りたCDをたすくの机の中にそっと置く。そして帰りにたすくからCDを借りる。この無言のやり取りが暫く続いたある日、たすくは言った。

「伸太郎君、あの……感想聞きたいなあ……」

(……んあ……そっか)

伸太郎は、次の日から返却する際に、ノートの切れ端に書いた☆の数で評価したものを歌詞カードに挟んだ。伸太郎にとって音楽は、好きか嫌いかしかなかったし、それに、シンプルな方法が自分には合っていたから。

上半身裸でギターを練習した次の日、伸太郎はインフルエンザに罹患し、一週間以上学校を欠席した。寝たきりだったが伸太郎は退屈はしなかった。借りていたmarcyplaygroundのsex and candyをえらく気に入り、ずっとリピートしていたからだ。高熱でうなされながら☆を何個にしようか悩んでいた。それと、たすくと今度ライヴを観に行く約束をしたからだった。

(んっ……これがぁ約束かあ……)

――熱が引き、登校した病み上がりの伸太郎は、唖然とした。


たすくは、二、三日前に両親の都合で、急遽、転校してしまっていた……。


――返す場所がなくなったCDと果たされなかった約束――

伸太郎は、ただ机に突っ伏した。

「なんだチンカス。いつものように戻っただけだろ」

片割れはしれっと言った。

伸太郎の心象を表したような曇天模様の帰り道。家の近所で、頻繁に違法駐車していることで有名な高級外車に目をつけた。


ボンネットに、これでもかと、マジックで☆を書きまくった。


少しすっきりしたその足で、ライヴの帰り、たすくと行く予定だった、お気に入りの隠れた名店であるラーメン屋に行った。

そこで、ニンニクラーメンを二杯頼み、無心でがっついた。

「たすくの分も……というわけね……」


らしくない行動に片割れは笑いを堪えた。


伸太郎は、鼻水を垂らして麺をすすり、二杯目のスープを飲み干しながら思っていた。


約束が出来たこと、果たされなかったこと、全部引っくるめて興味深い経験だったと。

意味の無い経験はないのだと(ゲフッ)
[36] 化け物とTAPE③
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化け物とTAPE③ 
【たゆたう】
朝から土砂降りという憂鬱なホリデー。伸太郎は、自室でギターを抱えて過ごしていた。

伸太郎のギターの抱え方というのは独特でまるで女性を優しく抱いているかのようだった。おつむの片割れは、「童貞のくせに」と、それが酷く気に喰わなかった。

一向に進まない咲ちゃんへ捧げるBallade。

基礎となる骨格は出来上がりつつあった。だが手応えがない。伸太郎は、もう二、三メロディを付け足し、トラックを増やしよりエモーショナルなものにしようとしていた。例えるなら、大量の薔薇の花束みたいに。

ここで、いらいらが頂点に達していた片割れが口を挟んだ。

「伸太郎よ、いやチンカス、よく聞け。作曲とは引き算だ。編曲は立体的にだ。今、この曲は贅肉だらけで着飾り過ぎて、のっぺりしている。作曲、編曲なんて足りない位がちょうどいい」

「……んあ」

ちょっとムッとした伸太郎の脳の奥がチリチリと音を立て、突如、フラッシュバックした。


――幼い頃の記憶――


母親が大好きだった伸太郎は、いつも母親の足にしがみつき片時も離れない甘えん坊だった。

そして、何よりも大好きだったのは母親の焼くホットケーキだった。母親もホットケーキに喜ぶ伸太郎が愛おしかった。

でもここに一つ誤解がある。勿論、焼きたてのホットケーキは好きだったが、焼く前の粉と牛乳と卵が混ぜられた「ホットケーキの素」を舐めるのが、この上なく好きだった。

指につけたそれは、ほのかに甘く、いつも伸太郎を幸せな気持ちにさせた。

――伸太郎は、ギターを畳みに置き、膝をぴしゃりと叩くと立ち上がった。

(ん……ホットケーキ…つくるかあ……)

台所に行くとホットケーキを焼いた。

どろどろの素に指を突っ込むとそれを口に運んだ。懐かしい味。未完成のホットケーキ。

伸太郎は、ニヤニヤ。

恍惚な伸太郎を片割れはただひたすら気持ち悪がり、罵る。

しかし、チルアウトしていく伸太郎には、届くことはなかった。
[34] 化け物とTAPE②
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化け物とTAPE②
【たゆたう】
自分の片割れを見つけた伸太郎は相変わらずな高校生活を送っていた。

梅雨に入り、ただでさえ纏まりのつかない髪の毛はメデューサのように暴れていた頃だった。

休み時間は、決まってヘッドフォンをつけ音楽を聴き、突っ伏したまま時間を潰す。別に話す相手もいないし、感覚を遮断することで、おつむの中の片割れと話ができるからだ。

「おい伸太郎。たまには周りの世界に目を向けるんだ」

今までこの閉塞した状態に、文句をつけなかった片割れが、意見してきたことに驚く。

「……あい」

伸太郎はそう返事すると、手元でMDプレイヤーの電源を切り、外界の音を取り込むことにした。すると窓際でたむろする所謂イケテるグループの男子が得意げに自らの性体験を語っていた。

それからというもの、伸太郎はヘッドフォンで音楽を聴く振りして周りの話に聞き耳をたてた。

男子も女子も性体験の話で溢れていた。

伸太郎は、自分が到底関係ないと、別世界だと思っていたことが周りに溢れ返っていることにもやもやとした。

教室に充満する若くむせ返るような性の香り。

これに対抗するために毎日チュッパチャップスを口に頬張ることにした。飴の匂いは、もやもやを薄めるには十分であった。

そして、耳から誰かのあの話が飛び込んでくるたびにチュッパチャップスをガリッと噛んだ。

(……んあ……畜生ども)

そんな伸太郎を見て片割れはおつむの中で音も無くケラケラ笑っていた。


一方、同級生は、休み時間になるとガリガリと不気味な音をたてる黒毬藻を気味悪がり、伸太郎は、ますます孤立することになる。
[33] 化け物とTAPE①
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13、化け物とTAPE①
【たゆたう】
平凡な家庭の子供として、伸太郎は生まれた。伸太郎は生れつき腕が長く、酷い縮毛で顔は溶けたように見え、顎は極端に無く、鼻と呼ばれる突起は申し訳程度についてるだけであった。
両親は、自分達とおおよそ似つかない伸太郎の容姿に絶望し、愛情を注ぐのを躊躇った。

案の定、小学生になった伸太郎は友達が一人もできなかった。その容姿からいじめにもあっていた。伸太郎は顎の形状のせいかゴモゴモとしかしゃべれず、それがいじめを助長した。


その頃の伸太郎といえば、真っ直ぐ家には帰らず、公園の茂みに隠れ、通る人や動物を観察していた。それは仲間を見つける為だった。

――高校生になっても、伸太郎は相変わらずだった。その不気味な容姿と巨大アフロでクラスメイトを寄せ付けない。


ただ一つ変わった処があるとすればギターを始めたことだ。帰宅すれば部屋に篭りMTRとギターと睨めっこ。


これには、訳があった。隣のクラスにいる咲ちゃんに恋をしたからだ。きっかけは伸太郎が後ろポケットにいれていたハンカチが廊下に落ち、それを「はいっ」っと躊躇せずに手渡してくれたからだ。

「…んありん…がぁとぅ」
伸太郎は、この時初めて恋をし、初めて異性としゃべったのであった。

――伸太郎は部屋で咲ちゃんに捧げる究極の歌を作るのに四苦八苦していた。既にギターの腕はプロレベルであり、ときおり部屋を覗いていた父親を唸らせた。

だが伸太郎は一向に満足しなかった。何かが足りない。

そのために彼は、公園の茂みに隠れた。そう、伸太郎は悪魔を探していたのだ。子供の頃から、おおよそ人と言えない容姿だったから、「自分は出来損ないの人間ではなく、もう少しで悪魔になれる存在なのだ」と信じてきた。

高校帰り際、いつものように公園の茂みに隠れていた伸太郎の前に自分の片割れが現れた。お互い口などかわさなかったが歩みより、シルエットは、重なり一人の伸太郎になった。彼の心に何かが宿った瞬間である。
[32] 怖い話
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019:怖い話
【雅】

「何読んでも面白くねぇ。なぁ、何かオススメのやつない?」

「新聞でも読めば?」



[31] 殺虫
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020:殺虫
【雅】

田中は、極度の虫嫌いであった。
毎年、徐々に虫が出てくるようになる梅雨から初夏にかけての期間を憂いていた。

彼の家には、殺虫剤が山程あった。
一部屋につき一台と一個。
いつ、どんな虫が、何匹出てきても良いようにだ。

しかし、彼は常に身の回りを清潔にし、家の外にも気を配っていたので、この家に引っ越してきてから、一度も殺虫剤を使う事はなかった。
彼自身、虫の出ない生活に慣れ、正直油断していた。

「今後も、殺虫剤を使う事はないだろう」

と。


そんなある日の夜、田中はいつもの様に夕食を済ませた後、リビングでTVを見ていた。
時刻は午後8時をまわり、そろそろ風呂の支度でもしようかと思い始めたその時-


ガサッ…


「!」

田中は瞬時に台所を見た。
単なる物音ではない。
極度の虫嫌いならではの勘が知らせる。

-これは“奴”の仕業だと


田中はゆっくりと深呼吸をすると、棚の殺虫剤を手に台所へと向かった。


ガサッ…ガサッ…


明らかに第三者によってたてられる物音に、田中は鼓動の高鳴りを押さえられなかった。

じっとりと汗ばんだ足を少しずつ動かしながら前進してゆく。

そして、そっと台所の勝手口を覗いてみる。


ゴミ袋が動いていた。
勝手口の黒ずんだ床が蠢いて見えるのも、気のせいではない。

田中は目の前の光景にへたり込んでしまった。
虫嫌いはなるべく虫自体を見ないようにする。
そんな耐性の無いに彼の目の前に、一般的にも衝撃的な光景が広がっているのだ。
冷静になれる訳がなかった。


田中の中で何かがキレた。
彼はすっくと立ち上がると、家中の殺虫剤をかき集めると、勝手口に放り込んだ。

そして、マッチに火をつけると…。



ここに、多くのものと引き換えに、田中の究極の虫退治が完了した。
[30] 肩凝り(後)
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018:肩凝り(後)
【雅】

「パトロールに行くとき、カモフラージュとして散歩の振りをするだろ?口裂けに連れられて…。その時さ…角度的に、ほら…分かるだろ?それに、あいつ走りやすい様に短めのレインコートだし…」

「………」

「………」

元々静かな空間に、更に妙な沈黙が広がった。




霊になっても、男は男。







…こんなしょうもない話で良いなら(笑)
[29] 肩凝り(前)
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018:肩凝り(前)
【雅】

深夜0時、彼らは活動を開始する。

「だからぁ!そんな肩凝りが酷いんじゃ、まともに歩けないでしょう!?今日は大人しく留守番してなさいよぉ!!」

玄関先で、女の大きな声が響き渡る。
長い髪に、物騒な物が詰まった赤いレインコート。そして、大きなマスク。
口裂け女だ。

その口裂け女の足元には一匹の犬。
ただし、顔はオッサン。
人面犬だ。

「だってお前…!俺達は二人一つのコンビじゃないか!!…あ、いてて…」

人面犬は口裂け女を見上げて一気に言葉を吐き出すと、肩を押さえてうずくまった。

そんな人面犬の様子を見て、口裂け女の隣で出掛ける支度をしている洋風の少女が言った。

「やっぱり無理ですよ。筋肉痛ですか?日頃歩きっぱなしで、痛みが後から襲うんですかね?ほら、年とると痛みが後から出るって言いますし」

口裂け女がそれに続く。

「犬が筋肉痛なんて聞いた事ないよ…」

うっすらと笑っている。

「ええい!年寄り扱いするなメリー!!笑うな口裂け!!」

「は~い。反省してまーす」

メリーは、ストラップでいっぱいのケータイを見ながら返事をした。
動く度に、ストラップのジャラジャラする音が響く。

「とにかく。今日はライダーとお留守番ね。んじゃ、後は宜しく」

口裂け女はそう言うと、メリーと家を後にした。


怪談から一線を退き気味の彼らは今、自分達の特性を生かし、夜な夜なパトロールを行っているのだ。

今のところ、メンバーは「口裂け女」「人面犬」「首無しライダー」「メリーさん」の4名である。




「くそ…あ痛てて…」

「………」

肩を押さえて動けない人面犬を、首無しライダーはそっと抱き上げ、リビングへと連れて行った。

「おぉ…悪いなライダー…。お前だけだよ。俺を慕ってくれるのは…。え?肩を揉んでくれるって?悪いな。頼むよ」

人面犬の聴力であれば、たとえ声帯の無い首無しライダーの言葉でさえも聞き取れてしまうのだ。

ソファーに人間の様に腰掛けた人面犬の後ろから、ライダーが揉みほぐす。

「いやぁ~気持ち良いねぇ…。中々上手いじゃないか…。いや違うんだよ。ほら、犬って首上げてる事多いだろ?凝るんだよ肩が…。それに…」

人面犬は辺りを見渡すと、声を静めた。




続く
[28] comeback妹
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17.comeback妹
【ワイキキ】
俺の妹はおやつの代わりにトマトをよく食べてる。
その理由は
「トマトにはリコピンが入ってるんでしょ?リコピンってなんかかわいいじゃん」
わけわからん
でも、そんな馬鹿な会話ももう出来ないと思うとどんどん昔した話を思い出してしまう...

あれは家族で鍋を食ってるとき「私いま灰汁取ってるじゃん。じゃあ私って灰汁を成敗する正義の味方?」
字がちげぇよ

あれは鬼太郎の映画を見た日
「ぬらりひょんって妖怪の総大将なんでしょ?私だってそれくらい知ってるよ~」
それは創作だ

あれはすき焼きを食べてたときだ
「すき焼きって好きな具材がいっぱい入ってるからすき焼きなのかな」
それはお前の好みだろ

...あれは心霊番組を見た夜
「あのさぁ、もし私がお化けになって出てきても驚かないでね」
当たり前だろ...驚くかよ...
ダメだ。部屋に居たらいろいろ思い出してしまう...涙が止まらない.....
すると、玄関からドアの開く音がした。
もしや!
襖を開けると食卓の上にかじりかけのトマトを見つけた
も、もしや




「ただいま~ぁ。あぁ修学旅行楽しいかった~。あ!お兄ちゃんまた私の部屋に入ってたの!もういい加減妹離れしてよね」
[27] カーティと船
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16・カーティと船
【たゆたう】
「カーティ、朝です。起きてください」

眠気眼でカーリーヘアをかきむしりながら上半身を起こす少年

「おはよう、H∧L」

「今日も勉強と運動がんばりましょうね。では私はスポーツルームのモニターに移ります。準備ができたら来なさい」

「H∧Lわかったよ」

H∧Lとは、青少年健全育成計画の為に開発されたいわば親代わりのコンピューター。人間は、産まれると、この施設に入れられる。
人間の能力にばらつきがでないように管理され18になるまでプログラムに基づき、徹底的に教育される。


部屋は完全個室で10畳くらいの広さ。壁はパールホワイトで窓が二面ある。窓はパネルで出来ていて色んな風景を流してくれる。食事はダクトから定期的に提供され、考えられている完全な食事。トイレもジェット式で極めて衛生的。


ピーコンピーコン

突然電話がなった。電話をとるカーティ。

月に一度許されている両親との会話は、母親想いのカーティにはこの上ない楽しみであった。

「勉強もスポーツも頑張っているそうじゃないか。スゴイぞカーティ」

「ありがと父さん。それより母さんは?」

「母さんは今用事があってな」

「なんだ残念」


電話を切ると、スポーツで汗を流した。

カーティはここを出たらどうしても見てみたい動物がいた。

それは、象。

以前、データベースで見た象の大きさや荒々しさに興奮を覚えたから。

「なあH∧L……象って外の世界にいるんだろう?」

「カーティ、現在確認したところ、たった今施設のそばを通り過ぎたみたいですよ」

カーティは象をこの目で見てみたかったのだ。


月日は流れ、プログラムも全て完了したカーティは一定水準の「人間」として、外の世界に出されることになった。

exitまでの長いエレベーターの中でH∧Lとのできごとを思い出していた。

メニュー通りでない食事を間違えて出してしまうおっちょこちょいなH∧L

時間が狂ったのかとんでもない時間に起こされもしたっけ。

いろいろと変なコンピューターだったH∧L

少し寂しいがドアの向こうにある世界にワクワクしていたのも事実だ。


「さあカーティ旅立ちのときです」

H∧Lは力強くカーティを地上に送りだした。


カーティは外の世界の眩しさと美しさに、自分の胸の中のフィルムが感光していくのがわかった。それほどの襲撃だった。


とりあえず、事前に貰った地図で北の港を目指すことにした。港に着いたら政府の巨大船に乗船せよとのこと。そこから首都に送られるらしい。

北に向かい草原を1時間ほど、歩いたときだった。


ドーンドーンドーン


地鳴りと揺れで立っていられない。カーティは必死に近くにあった木にしがみつきながらそれを見た。

雲にも届きそうな体躯と巨大な鼻で木々を薙ぎ倒し、6本足で山を踏み潰して行く。

その迫力たるや山脈が移動しているみたいだ。確認の為、地図のガイドを見た「ここでよく見られる大型哺乳類は象」

あ……あれは象なんかじゃない。いやな予感がした。H∧Lの調子は想像以上に酷いことになっていたんじゃないかということだった。あんな得体の知れない巨大生物を象だなんて……。

カーティは旅路を急いだ。途中首が三本あるキリンみたいな生物がライオンらしき生物を噛み殺していた。キリンは草食系って教えられていたのだが……。

カーティは寝ずに歩きながら、考えた。そもそも、ここは言われてた時代なのだろうか?あの両親は実在したのだろうか?港で船は待っていてくれているのだろうか?

不安がどっと押し寄せる。額の汗が止まらなかった。

そうこうしているうちに港に着いた。港の建物は、所々錆びていて、生活感が無い。
海に目をやると一際巨大な船がゆらゆらと揺れていた。

「よかった……船はある」

指示通り、カーティは船への階段を一歩一歩慎重に上がる

カンカンカン……

船の入口のドアの前まで来ると、取っ手に手をかけ押した。

ギィ……ギィギィ……


真っ暗闇の船室で待っていたのは、人のような生き物達だった。朧気ながら垣間見える、赤い目、大きな口、それと鼻をつくような生臭さ。

怯えるカーティ、足が震えて何もできない。

ドンッ!

「ひゃあっ」

背後でドアが閉められた。

ぱちっ

そして室内の電気が点いた。明かりは、やつらの輪郭をはっきりと浮き彫りにした。


――ボウゥゥゥゥ――

船は不気味な汽笛を上げると、霧に煙る海原へ出港した。

やがて、カーティを乗せた船は、ゆっくりと霧の中に消えていった。

――同時刻・空き部屋になったカーティの隣室にて――

「カーティ、朝です。起きてください」

眠気眼でカーリーヘアをかきむしりながら上半身を起こす少年

「おはようH∧L」

[26] 名前
※奇妙掲示板より移転

15・名前
【たゆたう】
①『名前も知らない』

ここは、地球ではない何処かの惑星。この惑星の片隅で暇をもて余した男の話から物語は、一応始まる。

男は、飲み屋で知りあった女と意気投合し、その日の夜に関係を持った。

そして、朝。いつもなら、名前も知らない女なんて会社に行く前にさよならしていた。だが、そのまま女はマンションに居着いて一生を共にすることになる。

いや、居着くとは、若干ニュアンスが違う。男が自然とそれを望んだのだ。


時は流れ、男と女の間には、娘ができた。娘には娘ができた。そして、女は男に名前を教えないまま死んだ。

女は、兼ねてから

「私が満足したら、名前を教えてあげる」

と男に言っていた。

娘と孫は、男に何度も名前を訊かれても、女の遺志を尊重し、最期まで教えることは無かった。

女の名前を知らないだけであって、男にとっては、十分幸せな人生であった。



②『優雅な鳥』
雄の鳥は、優雅に大空を滑空する。そこに、一羽の雌の鳥。雄の鳥は、必死に追い掛ける。梢に留まった雌の鳥に激しく求愛。

番いになった雄の鳥と雌の鳥は、巣を作り上げ、卵を孵し、やがて雛鳥達は巣だっていった。



③『蛙の末路』
雄の蛙は、繁殖期を迎え、どうしても道路の反対側の田んぼへ行かなきゃならなかった。

「ぺちゃ」

案の定、車にひかれて死んだ。



④『少年の秘密基地』
「政府は宇宙エレベーターとスペースコロニーの建設計画に着手しました。なお、完成には50年かかる予定です」

テレビからそんなニュースが流れてた頃、少年は、学校の裏山で秘密基地作りに夢中だった。たった独りで作り上げるつもりだったが、いつの間にか一緒に作業する仲間ができていた。

仲間というのは、年の頃が同じくらいの少女。これがいつから参加してきたか定かでないくらい自然に、少年のそばに居た。

少年は、名前も知らない少女から、やけに偉そうに命令され、作業をしていた。だが少年は、満更でもない様子であった。少女には、不思議と、いつまでも一緒に居たいと思わせる魅力があった。

「秘密基地が完成したら名前を教えてやる」

と、少女は少年と約束したが、少女の突然の転校の為に約束は果たされることは無かった。



⑤『UMAの悲哀』
人間がいない雪山の秘境で、身長三メートルの雪男は、探索中。

「嫁が欲し~い!交尾してぇ」

雪男は、種族最後の一頭だった。


⑥『名前』
「今日、宇宙エレベーターとスペースコロニーが完成100周年記念を迎えました」

と、ホログラムビジョンがニュースを告げる頃、大学生の青年は、バイトをして手に入れた中古の反重力カーに夢中だった。

初ドライブは、一人で海浜工業地区に行き、宇宙エレベーターを海から眺めると決めていた。

苦労して手に入れた物は素敵だ。青年は、海浜工業地区までのドライブを満喫した。

海に着くと、近くの手摺りに寄りかかって、暫く、宇宙エレベーターのシャフトとその景色を堪能した。

日が傾きかけ、もう帰ろうかと思ったそのとき、突然、話しかけられた。

「『 』だよ」

いつの間にか隣に居たのは、ショートカットで黒髪がキレイな美しい女性。鳶色の瞳で覗きこまれた青年は、一目で心臓が破裂しそうになった。

「……もしかして『 』って君の名前?

「うん。ずっとこの名前」

「君は面白いこと言うね。じゃあ、僕も生まれてからずっと同じ名前だよ……ははは。で、どうしていきなり名前なの?」

「満足したからかな」

「?」

あまりにも不思議な回答に、青年は困惑している。そんなこと、お構い無しに女性は、続けた。

「それより、あれ、君の車でしょ?どっか行かない?」

「もちろんいいよ」

何とか返事をする青年。断る理由なんて、何故だが自分には自分の何処を探しても無い気がした。

彼女の名前は『 』、どこか懐かしくて素敵な名前。

それから青年は、助手席に彼女を乗せて運転しながら、なんだかずっと胸につかえてたモノがとれた気がしていた。



⑦『始まりの猫』
「よし今日からお前の名前は、『 』だ」

男は、雌猫に素敵な名前をつけた。
『 』は、男の低く優しい声で名前を呼ばれるのがとても好きだった。

伝える術はないけれども、ずっと一緒に居たいと思った。

ある雨の日、男は交通事故で帰らぬ人になる。

猫の『 』には、そんな人間の事情が分からなかった。

ただ、満足できるまで、もっともっと一緒に居たかった。



⑧『遥か未來の話』
汎用型Androidは、富豪の家に仕え、家の雑用を任されていた。婦人のたっての希望で、Androidは美しい女性の姿で受注生産された。

このAndroidは、密かに自我を持っていた。それをひた隠しにしていたのは、なんだかいけないことに思えたからだ。

それともうひとつ、名前を持っていること。『 』という不思議な響きでいて、何処か懐かしい。その何処から来たかわからない名前は、Androidの宝物であり、唯一のアイデンティティーでもあった。

だが、どちらも主張しようものなら、「故障」と判断され、直ぐ様、カスタマーセンター送りである。

毎日雑用に追われながら、Androidには、気になることがあった。庭掃除のときに、時折見掛ける隣の家の男性型Android。

年期は入っているし、メンテナンスをしてもらってないのか、ものすごいポンコツである。

ある雨の日、その男性型Androidが、いつものように庭仕事をしていたとき、女性型Androidは見てしまった。

家主から罵声を浴び、番号で呼ばれているのを。

女性型Androidには、『 』以外に婦人からつけられた名前があった。しかし、この男性型Androidには名前がないと思うと、同じAndroidとして、少し悲しくなった。

「あなたには、何か名前はないの?」

堪らず話しかける。


「ナマエ……ハナイデス」


「『 』」

「『 』ッテナンデスカ? データベースニアリマセン」

「それが今日からあなたの名前です」


女性型Androidは、自分の大事な「本当の」名前を彼にあげた。


男性型Androidは素敵な名前をもらった。

彼が初めて貰ったプレゼント。

何故だか、嬉しいというが感情が芽生える。

そして、雨の降る中、ライラックが咲き乱れる庭でくるくると踊ってしまう。

まるで彼にしか聴こえない音楽で踊ってるかのようであった。

彼に自我が芽生えた――

解説
輪廻転生と名前の話です。時系列的には⑦①②③④⑤⑥⑧の順番です。女性にあげた名前が長い年月を経て、最後返ってきます。
[25] 感想『形而上的惑星』
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Re:SSの広場
【カリメロン】
感想『形而上的惑星』


感想書こうと思ってましたが、ゆっくりした時間取れず遅くなりました。すみません。もう書きます。


イメージ豊かで、詩のように感じました。何回も読み返してました。一つ一つの場面、僕とあなた、悩める画家、砂に突き刺さるヘッドフォン、ゼリーのような星、魚の感情、川……快い。
特にヘッドフォンのくだり(――さっき砂に描いた~~還っていく)がとても美しく、イメージに溢れています。
悩める画家の行為、心情も共感できる。あなたがいて、僕が知っているのは、あなたが二人称ということだけ、という言い回し。

二人称から三人称、二次元から三次元へ、そして宇宙へという空間の広がり、そして海へと還っていく、構成も良い。
ヘッドフォンと画家のくだりは本当に気に入りました。

良い詩を読んだときの、とりつくようなワクワクする気持ちを感じました。好きです。こういう創作が1番純粋だし、価値があります。

長々書くより印象的な、好きな言葉だけいくつか書き出しそうと思いました。だけどすべて抜き出してしまったのでやめました。
[24] 形而上的惑星
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14、形而上的惑星
【たゆたう】
――長閑で平和な午後、川の辺で、僕は物思いに耽る。川面はキラキラと光り、時折、魚がピシャリと跳ねる。
川の反対側には、あなたがいて、僕が知っているのは、あなたが二人称ということだけ。

牛が川を渡り始めた。無数に列なる、無数の牛。

モーモーモー。

顔も鳴き声も同じ。模様、模様、模様も同一。 じっと眺めても変わらない、終わりも始まりも無くなった、牛の列。

僕もあなたも、無数の牛に飽きた頃。川の上流を見る。そこには、滝があって、音もなく崩れて行くのを感じながら、また物思いに耽る。

――油絵の具がついた筆の毛先は、一人称と二人称の境界線を無くした。

ふぅ。

売れない画家のため息一つ。描きあがったばかりのキャンバスの端っこから、黒く塗り潰す。

全てを黒く塗り終えて、額に飾り立てる。それを眺めて、独りカタルシスを感じている。誰も知らない黒い絵の下を想い、ほくそ笑む。
こんな行為も、いつかは全て、量子で説明がついてしまうのだろうか。心の機微でさえ、数学的抽象概念だと思うと夜も眠れない。

悩める画家という三人称が、疲れて眠りに着く頃、黒と額縁の境目が溶けだし、部屋に染み込んだ。


――さっき砂に書いた、取り留めのないことは、水に流れた。

月明かりの中、ヘッドフォンをしながら砂浜に座る。地平線もない闇から、波が引いては返して行く。

ヘッドフォンの端子は、砂浜に突き刺さっていて、この名前もない惑星のいぶきを、不思議な音楽として、流してくれている。

暫く、夜空を彩るゼリーのような星達の瞬きに息をのむ。かつて存在したモノ、これから誕生するであろうモノが、同時に、傍らに存在するのを確かに感じた。

一人称、二人称、三人称、溶け合い混ざり合い、夜に溶けていく。

やがて、ヘッドフォンから流れる音楽に存在させられていたと悟り、自らの輪郭を維持し、森羅万象に、理由付けする作業から解放される。

そして、海に還っていく。


――魚には感情がない。

誰かが言った台詞。誰だ、そんなこと言った奴は。

それは、成ってみたらわかること、成らないとわからないこと。

澄んだ川の水は冷たい。

原始的で、純粋な衝動が湧いてきて、抑えられない!
キラキラ光る川面に向け、力強くピシャリと跳びはねた。
[23] 守るもの
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12.守るもの
【一ノ瀬】

「ユウキ」

俺がそう呼ぶと、前を歩いていた幼馴染みは振り返った。
昔と少しも変わらない、強く迷いのない眼差しが俺に向けられる。

「なに?」
「あ……えっ、と……」

あまりに真っ直ぐと見つめられて、俺は思わず目を逸らし、言おうとしていた言葉を言いよどんだ。

ユウキは小さい頃から、その名前に見合った凛々しい奴だった。
美少年と評判で、バレンタインには女子にチョコレートを沢山貰っていた。
それに引き換え俺はなよなよとしていて、女みたいだと同級生の男子にいじめられていた。
そんな男子達に立ち向かって、いつも俺を助けてくれたのはユウキだった。

「怪我は?」

男子達とやり合って自分のほうがボロボロなのに、ユウキは真っ先に俺を心配してくれた。
誰よりも強くて、誰よりも優しいユウキ。
そんなユウキが俺は大好きで、ふざけて「ユウキのお嫁さんにして」なんて言ったりもした。

けれどその反面、いつもユウキに守られている自分は情けなくて、嫌いだった。
だから俺は強くなろうと精一杯努力した。
ユウキより大きくなろうと苦手な牛乳も毎日飲んだし、筋トレだって毎日した。
その結果、今ではユウキだけではなくそこらへんの奴にも喧嘩で勝てる自信がある。

「ユウキ」

俺は再び意を決してユウキを見る。
今度はちゃんと、ユウキの視線を受け止める。

「俺と結婚してください」

ユウキは驚いて、微笑んで、それから後ろを向いてしまった。
微かに震える、昔俺を守ってくれた背中に、強く決意する。

今度は俺が彼女を守る番だ。
[22] Re:Re:奇妙なショートショート広場
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Re:
【一ノ瀬】
感想
三人で事故ったか何かして、夫婦は死んで友人だけが生き残り、その友人のところに幽霊の夫が会いに行ってると解釈しました。

最後の友人のセリフを変えれば感動的な怪文書に仕上がると思いました。
とか、偉そうなこと言って申し訳ありません。
[21] Re:Re:奇妙なショートショート広場
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Re:感想
【カリメロン】
妻も死んだことに気付いてないのかなと思いました。親友も死んだことを教えてあげれば良かったのに、とも思いました。
[20] Re:奇妙なショートショート広場
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Re:奇妙なショートショート広場
【娃蓮】


元々人付き合いのいい方じゃなかったあいつは、友達と呼べるのは俺達夫婦くらいだった。だが屈託なく笑う気の良い奴だったんだ。

あいつはちょっと前に怪我をしたんだが、退院してきたかと思ったら、町外れの古びた一軒家に引っ越してしまった。商店街は遠いし不便じゃないか。案の定、必要以外は外出もしなくなり偏屈街道まっしぐらとなった。

俺は何度も訪ねて行ったが、以前のように俺の話に相槌を打つ事もなくなった。その事も気になるが、俺が我慢ならないのはあいつの家が、近所の連中から幽霊屋敷などと呼ばれている事だ。確かに家は古いし裏が木立に覆われ、鬱蒼としているが失礼にも程がある。

"そうね…でも気になるのは分かるけど余り構わない方がいいんじゃない?私達には私達、彼には彼の生活があるのよ。"と女房が云う。友情に厚いあなたが好きだとか言ってたくせに、おまえだって友達なのに気にならないのか?そういえばこいつ見舞いにも行かなかったし、引っ越してから一度も訪ねようとしない。冷たい女だ。所詮男同士の友情なんて理解出来ないんだろう。


そんな訳で今日も一人で出掛けて行った。殆ど日差しの当たらない縁側で、あいつはぼんやりとしていた。名前を呼ぶと今日は珍しく振り返ったが、やるせない表情に満ちていた。


「なあ、お前は一番の親友だった。だから人から何と言われようと知らんぷりでいた。どうして一人だけ残されてしまったんだろうな…何故家が幽霊屋敷と呼ばれると思う?家が古臭いからとか気味悪いからとかじゃない。お前が来るからだ!」
[19] Re:Re:エッシャー&描く手
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エッシャーの描く手
【たゆたう】
カリメロンさんの解釈もありなんですよね。結局始まりも終わりもないか。とすると雪の部分は要らないか。こういう話は難しいですね。書いてるこっちが沸いて来る。
[18] Re:エッシャー&描く手
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Re:エッシャー&描く手
【カリメロン】
感想:『エッシャー』&『描く手』


合わせ鏡のように、二人の世界が奥へ奥へと繋がっているようにも思いました。男が描く女の世界の中でも、女はやはり男の小説を書いている。その女が描いた世界の、男の小説の中でも、やはり男は女を描いている。そしてその女が……。
やがて、現実の世界で、最初に小説を描いていた男(女)が小説を書くのをやめる。すると小説に描かれた世界の女(男)が小説を書くのをやめ、順々に世界が消えていく。
[17] エッシャーの描く手
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エッシャーの描く手
【たゆたう】
エッシャーの描く手というトリック絵画みたいな話でした。大学生と専門学生がお互いの事を書きあってるうちは二人の世界は存在し続けます。皮肉にも満たされ、興味が無くなり小説を書かなくなります。お互いの世界の雪はノートの空白。
どちらが先に恋人ができたかはうやむやです。
[16] 描く手
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描く手
【たゆたう】
私は、服飾の専門学校に入ったものの、周りの才能に怖じけづき、ただ、淡々と通うだけとなっていた。当初の情熱も冷めつつある。
ふらりと立ち寄った本屋で立ち読みした「日記を書いて自分を変えよう!」 という本に影響されて、私も一つ書いてみたい衝動に駆られた。だが、自宅に帰り筆をとってみても、余りにも情けない自分の日記を書く気にはならなかった。

だから、思いきって、架空の男性の日常を日記形式の小説として書いてみた。生い立ちや癖などを緻密に描写した。もし、知らない人が読んだら、実在する男性のつまらない日記にしか見えないだろう。

平凡な大学生の男の子。大学に来たら何か変わると勘違いしていて、彼女もいなくてバイト三昧な毎日、と……。

最初は鬱憤晴らしに、多少の意地悪もした。だが、どうだろう、余りにも緻密に設定したので実在する人間に思えてしまった。そして、いつの間にか、平凡な彼の日常に、僅かな幸せを書き足す私がいた。

そうすると、不思議な事に、私の現実にもささやかな幸福が訪れるようになった気がしていた。

それから二年、私の黒歴史になるであろう日記は続けていた。

そんなある日、面食いな私が卒倒しそうなくらい完璧な彼氏ができた。それも突然に。

毎日毎日彼氏との、夢のような時間が過ぎ、日記の彼からは次第に遠ざかりつつあった。

幸せの時間の間でふと、思いついた。

「日記の彼にも、素敵な彼女を授けてあげよう」

早速、日記の彼に彼の理想とする彼女をつくってあげた。



最近、思い出せない日や、時間の空白が広がっている気がするが、もともと忘れっぽい性格だからか。まあ、あまり気にしてもしょうがない。

窓の外を見ると、雪。東京だというのにもう、半月続けて大雪。

このままだと全て白くなってしまいそうだ。
[15] エッシャー
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エッシャー
【たゆたう】
大学生になってみたものの、バイトやら何やらで忙しく、毎日は退屈で塗り潰したようであった。

そんな毎日を変えようと、小説を書いてみた。同世代の異性のなんてことない日常の話。俺と同じように恋人もいなく、平凡な女の子。生い立ちも癖も容姿もなにもかも緻密に設定して、彼女の何も起こらない日常をたんたんと綴った。

服飾の専門学校に通っていて、彼氏のいない少し冷めた女の子。

これがなかなか面白く、飽きっぽい俺でも、日記のように彼女の行動を書くことができた。書けば書くほど、彼女は生き生きと輝き、まるで実在する人間のように感じた。

ある日、ジンクスというか法則を発見する。小説の中の彼女の日常にほんの少しの幸せを書き足すと、俺の日常にも幸せが訪れるという事を。それは、平凡な日常を揺るがす事のない、本当に他愛がないものだが。

小説を書き始めてまる二年がたった。突然、理想の彼女ができた。それはもう、唐突に。思い描いていた女性。高嶺の花。言い方はいろいろある。

彼女のおかげで毎日が輝き出した。それと同時に小説の彼女には、興味がなくなっていく……。筆からは遠ざかりつつあった。

「彼女にも恋人を作ってあげよう」

少しの罪悪感からか、幸せのおすそ分けかないまぜだったが、小説の彼女にも、完璧な彼氏を作ってあげた。

それから、小説は書かなくなるまでさほど時間はかからなかった。

最近、白い。なんというか日常の密度が薄い気がする……多分、思い過ごしだろう。今日は、彼女と遊園地に行く予定だ。

外に出ると、雪、雪、雪。東京は、もう半月続けて雪だ。
[14] Re:Re:証明
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ありがとう感謝します
【たゆたう】
銃弾が限りなくこめかみに近付くということです。数式で書けばよかったかな。アキレスと亀というか。

父親は強盗が去った後、説明し始めた設定でしたがその描写がない為にいきなり説明したみたいになってしまいました。こちらのミスです。

カリメロンさん感想ありがとうございました。
[13] Re:証明
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Re:証明
【カリメロン】
感想

死が近づいたら、その死までの距離を半分にして、その半分まで死が近づいたらまたその距離を半分に、と延々繰り返すと、死は決して肉体と精神に届かない、ということでしょうか? 死なないから意識もずっとある?
もしくは某さんと亀の逸話を証明すると、高速演算しなくてもあらゆる分野で半分理論が実現可能になるのかもしれない。
娘への視線が半分になったらその距離を半分にして云々。恐らく脳の385%くらいの能力。


至近距離でこめかみを撃ち抜かれるも、むくっと起きて滔々と理論を語りつつ強盗は無視する父。蛮勇。
[12] 証明
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証明
【たゆたう】
私には物理学者の父がいた。職場は某国立大学、物静かな人で独り娘の私を溺愛していた。

父はまだ私が幼い頃、強盗に襲われこめかみの部分を至近距離から拳銃で打ち抜かれた。居合わせた母はあまりの出来事に言葉を失った。それは、


「銃弾がこめかみの部分でぴたりと静止している」


ことに我が目を疑った。

父は何事も無かったようにムクッと立ち上がり、こめかみの静止した奇妙な銃弾について説明した。

父が言うには、銃弾とこめかみまでの距離を銃弾が半分まで進んだ時、残りの距離をまた半分にする。そこまで銃弾が進んだ時、また残りの距離を半分にする……と繰り返すと銃弾は決してこめかみには届かない。それを脳の50%の能力で特殊な時間を作りだし、銃弾より速く高速演算している、と。

それからの父はこめかみを隠す為に長髪にし、日常に戻った。変わった事があるとすれば眠らなくなった事くらいだ。

――時が経つ

大学生になった私は、親元を離れ一人暮らしをしていた。父は悪い虫が付くから駄目だと一人暮らしは猛反対していた。半ば押し切る形で部屋を借りた。たまに電話がくると「男はまだ早い」の一点張りで次第に、私から距離をとるようになった。


そんなある日、母から一本の電話が入る。

「お父さんが倒れた」

病院に駆け付けると父はチューブで繋がれてベッドに横たわっていた。医者が言うには今夜がヤマということだ。泣き叫ぶ母。言葉にならない言葉。

そんな中、病室の外にはなにやら人だかりが。父のこめかみのアレについて学者やらな何やらが集まっていた。私は説明を求められ事情を話した。

「ということは、意識が無くなった時、銃弾が動き出す可能性があるという事ですね」

父は至急、特別室に移された。

その部屋は、ビニールで覆われ、父の銃弾のあるこめかみの反対側に銃弾受けの為の板が設置されている。

最期に父は薄れ行く意識の中で私と母に「ありがとう」と告げる。私と母は、これから起こると予想されること、つまり破裂する父の頭部を見たくないので部屋を出た。

――2時間後

医者や学者がゾロゾロと特別室から出て来た。担当の医師の口から父の死を告げられた。特別室に入室した私は意外にも父の綺麗で安らかな死に顔と、

『こめかみに静止しながら残る銃弾』

を見た。

医師が言うには確かに亡くなったのでもう意識はないはずです、と。それなのにアレは静止し続けている?

父の遺体は研究の為に暫く低温保存される事になった。


あれから一年、父のこめかみにはまだアレが鈍い光りを放ちながら静止し続けている。


父は証明してしまったのかもしれない……。


そして、私は常に得体の知れない視線を今もこの時でさえも感じている。
[10] 閻魔様のため息(2)
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6.閻魔様のため息(2)
【ジェスター】

ふぅ……閻魔様がため息をついた。

『休みたいのは私だよ』

見かねた側近が言う。

「亡者が多すぎるのが問題ですね。半分くらい地上へ帰しましょう。そうすれば鬼達の労働環境も良くなり閻魔様もお休みになれます」

こうなっては仕方ないと、閻魔様はその提案を受け入れ、罪の軽い亡者からどんどん地上へ送り帰す。



地上では大出産ブームが巻き起こり喜びに沸いた。
しかし、大出産ブームは止まる事がなく爆発的に増える人口は様々な問題を産んだ。
食料危機、人口過密、資源の枯渇……etc.
しかも元々罪を償いきれていない元亡者達は成長すると様々な悪事を行う。

地上が地獄の様になって漸く、人間は地獄の恐ろしさを知るのだった。

「こんな地獄は嫌だ!」

「以前に見た地獄出張所の方がましだった!」

人間は地獄を目指すが、罪の軽い者はすぐ帰される。

行き場を失って困り果てた人間は悔い改めて、行いを正し天国を目指すのだった……



ふぅ……神様がため息をついた。

[9] 閻魔様のため息(1)
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6.閻魔様のため息(1)
【ジェスター】
ふぅ……閻魔様がため息をついた。

近頃は地獄へやって来る亡者の数がうなぎ登りだ。閻魔様は少々お疲れ気味だった。

側近が尋ねる。

「閻魔様、何かお悩みでも?」

『いやなに、こんなに忙しいとため息も出ますよ。過労死するんじゃないかと心配です』

冗談まじりにそう言うと、側近は真面目に答えた。

「そうですね。人間が増えたのも原因ですが、何よりも近頃の人間が地獄を恐れなくなってきたというのもあるのでは無いですか」

『ほう、そんなに軽く見られているのか?』

閻魔様は軽く驚いた。

「アピールが不足しているのでは無いですか」

『そうか。アピール不足か。何か方法はないものかな?』

「いい考えがあります。地上に地獄の出張所を作りましょう。直に地獄の恐ろしさを見せてやりましょう」



こうして地上に地獄の出張所がオープンする事となった。
勿論、鬼達は地獄から本物を派遣したのだが、亡者は精巧なロボットが使われた。

『罪を償う為に苦行を重ねる亡者を見世物にするのは如何なものか』

そう言って閻魔様が反対をしたからだ。


地獄の出張所は思惑以上に大盛況。なにしろ出張所とは言え、死ぬ前に地獄を見られるのだから、刺激を求める地上の人間が行かない訳がない。
他人の不幸は蜜の味とばかりに我も我もと見物客が殺到した。

閻魔様は呆れてしまった。

『アピール出来たのは良いが、地上の人間は面白がっているばかりだな』

今や大ブームとなった地獄出張所。
金儲けの匂いを嗅ぎ取った人間が、派遣されて来た鬼達に群がる。
入場料を取りましょうや土産物を売りましょう。
しまいには本物の地獄を見に行こうツアーや地獄1日体験ツアーなどの不心得な企画まで持ち込まれる始末。
派遣されて来た鬼達は接待攻撃を受ける内にだんだんと人間臭くなっていった。
年中休みなく亡者を苛める単純作業に疑問を持つようになってしまったのだ。

派遣された鬼達は人間から知恵を貰い労働組合を創立した。

「俺達にもバカンスを!」

「週休二日制度を!」

「労働時間短縮!」

労働条件改善を叫ぶばかりか、人間から持ち込まれた企画を提案する鬼も居た。

ここに至って遂に閻魔様は地獄出張所を閉鎖する事を決めたが、帰って来た派遣鬼達は地獄に残っていた鬼達と結託してストライキをするのだった。

……続きます……
[8] 404号室
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4.『404号室』
【たゆたう】
夕方、俺(二十代のサラリーマン)は、都会の喧騒から逃れる様に家路を急いでいた。

――記憶の断絶――

気付いたら、見覚えのない、ワンルームのマンションの一室。ベランダに目をやると、錆色の雲、鈍い色の空……一体、今は、何時なんだ? 朝とも、昼とも、夜とも言えない景観。その中で一際目立っている一本の桜の木に少しみとれた。桜との位置関係から、この部屋は三階か四階位なものだろうか。

今度は、部屋に目をやる。黄色い冷蔵庫、換気扇、灰皿、煙草、白いテーブル、椅子、大量の本、アクアリウム、砂嵐オンリーのテレビ、狂ったラジオ…。

……を通り過ぎて反対側にドア。――ガチャガャチ、開く気配が全くない。意地になり、ドアに向かって、蹴りを入れたり、椅子を投げたり。小一時間、格闘した結果、疲れ果てて寝てしまう。

唐突にまどろみから解放された。経過した時間はわからない。外もドアも相変わらず。

『……監禁されたのか?』
理由は全く持って、心辺りなし。

――更に曖昧な感覚に包まれたまま時は過ぎた――

とにかく時間の感覚がない。2596冊の本を読み、煙草を80963本吸い、桜の葉っぱを全て数え、水槽の魚を『好きな魚』『嫌いな魚』に分け、徹底的に贔屓し、徹底的に憎んだり、砂嵐のテレビから古い映画を脳内補完したりした。

もしかすると、あっという間だった気もしないでもない。わからない。そして、突然、何時だかもわからない時間的無法地帯に亀裂が走る。


――ドンドンドンドン

性急にドアを叩く者が外部に現れたのだ。落ちていた文庫本に足を滑らせ、バランスを崩しながら、この状況を裂く事ができるかもしれないドアに急いだ。ドアの向こうから誰かの声がする。


「……いるん……でろ……はや……」

ドアが邪魔で微かにしか聞こえない。今度は、こちらから有らん限りの声で叫ぶ。

『助けてくれーー』

喉が枯れるまで叫んだ。こちらからは声が届かない。――何も出来ぬまま時は流れた


そして、それは突然やってきた。脳に焼き付くような、鋭い閃光で目を覚ました。病院の湿ったベッドの上で。

俺はスクランブル交差点で突然気を失い、搬送されたそうだ。それから20年の月日が過ぎ去っていた。

鏡で眺めた顔は、すっかり老いていた。二十代、三十代の謳歌出来る時期がすっぽりと抜けてしまった。こんな違和感を覚えながら暮らしていくのは、容易ではない。終わりのないカウンセリングをうける事になった。

それでも、心にでっかい空洞を抱えたまま、社会復帰していかなければならない。
カウンセリングの帰り道、いつもと違う道を歩いた。

すると、見覚えのあるような鮮やかな桜の木に出会った。その脇には、廃墟のマンション…。胸がざわついた。

俺は足を廃墟に向けて、急ぐ、三階に……違った。四階だ四階だ!四階には一室だけ、ドアがある部屋があった。

俺は拳がくだける程にドアを叩いた。そして叫んだ。
確証はないが、自信がある……感じる。ここにいつかの若い頃の自分の魂が幽閉されている。ここは、あの部屋なのだ。あの時、来た『誰か』とは、年老いた俺自身なのだ!

早くしなきゃ、早くしなきゃ、そうしないと、俺の人生は大きな穴が開いたままなんだ。

廃墟を、男の唸り声とドアを叩く音だけが、いつまでも支配していた。


コメント
おいてきぼりを使いました
[7] 感想
※奇妙掲示板より移転

ありがとう感謝します
【暗夜】

裏、はじめましてです。 素敵なスレをありがとうございます。

私は批評などできませんが、一読者としての感想を書かせていただけたらと思います。


サクリファイスさん 
新機種が発売されるたびに今度はどんな機能がついたの?と思っていた私にはまさにツボでした。 
パソコン並みの性能、と聞いて凄いなぁと思って。 
「でもそれ電話のついたパソコンだよね」

……この子のセリフ、最高でした。   




カリメロンさん 
喫茶Kにて……喫茶奇妙?と一瞬よぎってしまいました。申し訳ありませぬ。 心と体、乖離していく。 自分で自分がわからなくなっていく感覚。 
読んでいて引き込まれました。 
自分も不思議な感覚になりましたもの。


……なんだか感想すらまともに書けていないです。 やはり、頭と心が乖離してしまったものと思われます。 


置いてきぼりって悲しいですよね。 
どんな気持ちで残されているんだろう……。 
なんて考えてしまいました。 


先陣をきられたお二人に、拍手させて下さい!! 

ありがとうございました。
[6] 『喫茶K』にて
※奇妙掲示板より移転

2.『喫茶K』にて
【カリメロン】
街の喧騒は僕を十分イラつかせた、しかし最も耐えかねるのは真夏の酷暑と激しい喉の渇きだった。
そうして逃れた一軒の喫茶店で、僕は奇妙な体験をすることになるのだった。



『喫茶K』はジャズの流れる落ちついた雰囲気の喫茶店で、照明を絞った薄ぐらい店内はどこか懐かしい香りがした。
クーラーは心地よく、アイスコーヒーは喉を潤した。リズミカルなスウィング。僕は上機嫌で読みかけの本を開く。やがて照明も音楽も消え、僕は本の世界へ――


「お久しぶりです」


突然の呼びかけに僕は現実へ引き戻される。顔を上げると、目の前には若い男が立っていた。
男は満面の笑みを浮かべて、しかし急に困惑したような目つきになった。人違いか? 僕もこんな男は、いや――


「……高田? おまえ、高田?」


思い出した。大学時代の後輩、高田。卒業以来四年ぶりの再会になるか。
どことなく雰囲気が違っていたから、すぐには思い出せなかった。そう、外見はさほど変わっていないのに、どこかチグハグな、しっくりこないような。


「席、良いですか?」


言うなり高田は返事も聞かず真向かいの椅子に腰を降ろし、煙草を吸い始めた。

やはり妙だ。

以前の高田は遠慮がちな男だった、少なくとも俺が煙草を吸わないことは知っていたはずだ。
高田は、目だけすまなそうにしていた。煎れたてらしいコーヒーから湯気が立ちのぼる。

BGMが切り替わる。トランペットからピアノ主体の曲へ。高田は、熱いはずのコーヒーを一口にぐいと飲み干す。

それから僕と高田は当たり障りない近況報告を済ませ、思い出話へと話題は移っていった。
その間高田はコーヒーを何度も注文し、その度に熱湯を一口に飲み干す。唇が赤くただれていた。


話に詰まり始めた頃、高田は奇妙な話をし始めた。
話の間、その口調は淡々としてなんでもない様だったが、しかし目だけは終始怯えていた。




「……反射ってあるじゃないですか。あれって否応ない、体の正しい反応なんですよね。
だって痛かったら、痛いと思う前に反応しないと大変なことになりますから。
体が正しいんです。理解はそのあと。

俺……もう二、三年前からかな、そんな感じなんですよ。
実は、心の反応が遅れてるんです。わかりますか? 俺も最初は、気のせいだと思ってたんですがね……


例えば、飲み物を俺は飲んでるんです。
でもなんで飲み物を飲んでいるのか分からない。一瞬考えるんですよ。で、『あっ俺、喉が渇いてたんだな』って、思うわけです。わかりますか?
喉が渇いたな、何か飲みたいなって思う前に、もう飲み物を手にとって飲んでいるんです。わからないですよね。


こんなこともありました。俺は道を歩いてるんです。で、なんで歩いているのかわからない。
でもとりあえず足の向くまま歩くんです。そのうちスーパーなんかに入って、やっと気づく。あ、食料切れてたなって、買わなきゃって。
そう思った時にはもう買い物は終わってたりね。


夢遊病? さぁ、病院には行ってませんから……きっとまともに扱われませんよ。


とにかくそんな感じで、勝手に体が動いて、俺は何をしたかったのか、心はあとから考える、って順番になったんです。
思って動くんじゃない。動いてから思う、ですか。


症状が出てから一年ほど経った頃には、俺は自分の気持ちを考えるってことはほとんどやめていて、体にまかせるままにしていたんですね。
一応、体は自分でもこうするだろうなって動きをしますから。楽っちゃ楽ですからね。心はなく、半ば反射反応だけで暮らしてたんです。バカですよね……


やばいと思ったのは、付き合ってた彼女を抱きしめてて、なんで抱きしめたのか、しばらくの間わからなかった時です。
それは彼女が俺の誕生日にサプライズパーティーを開いてくれて、それでとても彼女を愛しくなったからだと思うんですが、気持ちが全然追い付かなくなってたんですね。
心の反応がとても遅くなっていた……


その誕生日の話の、少し前になりますか、ある日、映画を観ていたんです。

その映画はC級もC級、全然感動も笑いもないしょうもない映画なんですがね、俺笑って泣いてるんですよ。
自分の心にそんな感情、まったく沸いてないのに。

それで、なんとなく癖で『ああ、今俺は面白いと思ってんだな、感動してんだな』って自分の気持ちを解釈したんですよ。

その時に俺、自分の体の反射反応と、解釈した……いや、遅いだけなはずの自分の気持ちと、どちらが正しいのか分からなくなったんですよ。

もしかしたら感動も笑いもなかった自分の感情は間違っていて、泣いて笑ってる体の反応、この場合は表情ですか、そっちの方が正しいのかもしれないって思っちゃったんです。


それで俺、二週間前に、彼女にフラれちゃいましてね。そん時俺、すげぇ悲しかったんですよ。泣きたかった。これは泣く。これこそきっと本当の気持ちだって。

でも俺、どうしたと思います? 笑ったんですよ。ゲラゲラって。ずっとゲラゲラ笑ってたんです。

俺は、泣きたかった。でも、それまでのこともあって、笑っちゃう俺が正しいのかなって。泣きたい俺は嘘なのかなって。
でも、しょうがないからそんな自分を受け入れようって、思ったんです。


……それからですよ、俺の体、おかしくなったんです。理に合わないっていうか。例えば自分で自分を殴ってたり、水風呂にずっと浸かってたり。何がしたいのかわからない。
悪意っていうか、体が体を傷つけようとしてくる。

……ホラ、ここ、手首、傷があるでしょう。最近、気づいたらカッターで手首切ってるんですよ。昨日、体は勝手にロープを買いに出かけました……
俺、死にたいのかな……死にたくないのに……死にたくない……体の反射は速くて正しい……心は嘘……いや……

先輩……例えば……俺の体が正しいとして……体が勝手に死んだら……俺の心は……それを受け入れないと……いけないんでしょうか……?……受け入れなければいけないんでしょうか……?」





いつのまにか、店内のBGMはピアノからまたトランペット主体の曲に変わっていた。ジャズも照明を絞った薄ぐらい店内も、氷の溶けたアイスコーヒーも、僕には全て雰囲気が違って思えた。
高田はすでに僕を見ていず、独り言のようにまだ何言か呟いていた。僕は何か訳のわからない慰めごとを言って、高田を残し、一人『喫茶K』を後にした。
[5] 最新の携帯電話
※奇妙掲示板より移転

1:最新の携帯電話
【サクリファイス】

『最新の携帯電話』

携帯電話の技術の進歩は素晴らしい。数年前とは比べものにならない機能がついている。

そして時は20XX年…!

携帯電話はパソコン並の性能を手に入れた!画面がより鮮明に!ネットはより快適に!BDの映画が観られる!もちろんテレビ付き!マウスも付いてる!ハードディスク搭載!その他便利な機能あり。

サイズは〇〇cm×〇〇cm。色は全5色。持ち運びに便利なケース付きで価格はなんと…〇〇万円!

店員「お安いでしょう」

女「すごーい。便利ね。ねぇ、あなた、これ買わない?」

男「え?あ、ああ。すごいね。君が欲しいなら、仕方ない…。買うよ」

店員「お買い上げ、ありがとうございましたぁ!!」

子ども「でもそれ電話の付いたパソコンだよね」





【作者より】
パソコン詳しくないから微妙…。某サイトで大喜利として書いたものを物語風にしてみました。

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